水曜、3限に





教室からもれ聞こえる教師の声。

人気のない廊下に響く足音ひとつ。

音がふいに、ふたつになった。


「おいコラ、吉田」
「…タッツミー」


昼下がりの大学北棟、大教室前の廊下。

フットボールクラブの部員ジーノと顧問の達海は鉢合わせた。

いつもは余裕たっぷりな背中が振り返り、バツが悪そうに立ち止まる。


「こんなところでめずらしいね」
「こんな時間に、めずらしいな」


時刻は11時を少し過ぎた3時限目の真っ最中。

ちなみに、ジーノは目の前の大教室から出てきたばかり。


「…お前さ、試合に出られる条件て覚えてんの」
「もちろん」


透かすような態度のジーノを睨みつけると、笑みを浮かべてみせられた。


「単位は落とさないよ。ちゃんと出席だって計算してるんだから」
「へー。それで落としたら10番やんねーからな」
「分かってるって」
「俺は助けてやれねぇぞ。自業自得だかんな」


達海の首にかかる青色のネームタグが揺れる。

緑は教授、青は外部講師と分けられるタグ。

監督とは言え依頼を受けている身の達海はもちろん後者。

部員の成績救済は担当外だ。


「だってこの授業、いやなんだもん」
「…中学生か」
「話し声でうるさいし、携帯にゲーム、雑誌読んでるやつだっているんだ」
「へぇ」


煩わしいのは嫌いだよ、と付け加えるが、達海は何やらニヤニヤ顔だ。


「お前にしては意外なコメントだな」
「なにそれ、心外」
「いつもの親衛隊はどうしたよ」


ジーノに熱を上げる女子の団体が校内だけでなく練習場にも押し寄せてくる様子は、日常風景だ。

その言葉に肩をすくめてジーノは首を振った。


「あいにく、この授業では一人でね。最後列はボクの指定席だよ」
「列で占領かよ、いい迷惑だ」


笑ったあとで達海は何事かを考えこむ。

一人で頷きながら口角が上げられていく。


「その授業、俺も潜り込めねーかな」
「え?」


思わず聞き返すが、企み顔の達海の目は輝いている。


「お前さっき出てきたけど、出入りって自由なの?」
「うん。先生はテスト主義だからね。点取れるなら出席しなくていいって言うくらい」


ふーん、と達海は教室の後方の扉に視線を向ける。

ジーノはどうしたものかと首をかしげた。


「…ほんとに行くの?」
「いいじゃん。会議終わったから暇なんだよ」


歩きだす背中をしばらく眺めていたが、達海に振り向く様子はない。

扉に手をかけたのを見て、ため息をつきながらようやくジーノも足を向けた。



マイクを通して響く講義内容。

さざ波のような話し声。

そして席を埋める人、人、ひと。


「さっすが大教室だな」
「おかげで席取りが大変だよ」


物怖じすることなく、先ほどまで陣取っていた席に腰を下ろす。

プリントを広げると達海が覗き込んで来る。


「……これなんの授業?」
「西洋思想学だよ」
「いまなにやってんの」
「アウグスティヌスの時間論について、かな」


言いながら黒板に目をやるジーノの目が険しくなる。


「さっきから全然進んでないよ」
「ふうん」
「…つまらないでしょ、出る?」
「いや、居る。全っ然わかんないから逆に面白ェ」


指先でペンを回し、達海は会議資料であろうの裏紙に文字を走らせはじめる。

真剣な顔をしだした達海を意外に思いつつも、自分もやらねばならないだろうと肩をすくめてジーノもプリントに目を落とした。


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