ハンドクリーム 「うわ、ガサガサ」 いつものように練習あと、監督部屋で勝手気ままにくつろいでいるときのこと。 どういう経緯でそうなったのかは覚えていないが、怒られないのをいいことにジーノは後ろから達海の薄い背中を抱え込み、肩に顎を乗せて一緒にテレビ画面を眺めていた。 めずらしく菓子を食べていない達海の空いた手に触れ、その荒れ具合に思わず指先まで握りしめてしまった。 「…なに」 「だってタッツミー、これひどいよ」 「そうか?」 画面から目を逸らさずに答える達海にため息をついて、ジーノはその手の甲をなぞった。 乾燥した肌の上に、ヒビ割れのような白い線が走っている。 「ひどいね」 「べつに気になんねーけど」 「ボクが気にするんだよね。えーと…」 ちょっと待ってねと言い置いて立ち上がり、ジーノはドアを開けて廊下に出ていく。 空いた背中に吹き付ける冷気が、達海に寒さを思い出させる。 ちらりとドアを見遣ると、ややしてジーノが戻ってきた。 「あったあった、お待たせ」 「おう」 「…どうかした?」 DVDに集中していたはずの達海の視線にジーノは目を瞬かせた。 「べつに」 「そう?」 まあいいけど、と呟きながら手にした丸いケースのフタを開ける。 小さな薄型の容器の上を指でなぞり、達海に歩み寄る。 「なにそれ」 「なんでしょう」 お菓子じゃないよと付け足すと、達海は不服そうに口をとがらせた。 苦笑しながら腰を下ろして目線を合わせる。 「はい、手だして」 「手?」 掌を上にして差し出された手をとって、逆、とひっくり返す。 人差し指で荒れた手の甲を撫でるようにすると、達海が眉をひそめた。 「冷たい」 「ロッカーに置いてたから、ごめんね」 手の上を伸ばされていく白い膜に、ハンドクリームね、と頷いて達海は容器のラベルに目をやる。 「…ロゴが読めねえ」 「はは、有名なとこだよ。よく効くんだ」 「ふーん」 いつの間にかもう片方の手も取られ、気づけば両手がしっとりとした膜に覆われていた。 まじまじと自分の手を見つめ、達海は目を丸くする。 「おー、すべすべ」 「でしょ?」 「なんか甘い匂いする」 「なめないでね」 「たっかそー」 「どうだろうね、やっぱり高いのかな」 うーん、と顎に手をやるジーノは目をふせる。べとべとしない、と驚いていた達海が顔をあげる。 「お前のだろ」 「ファンの子にもらったんだよ」 「あ、そ。おモテになることで」 まあねー、と髪を掻きあげる背後にキラキラと光が瞬いてみえる。 お約束のように「妬いちゃった?」と笑いかけるジーノを達海は笑い飛ばす。 「はっ、ぜーんぜん」 「…ふうん。まぁタッツミーも少しは肌荒れに気をつけた方がいいよ」 ガサガサだと痛そう、との言葉にあいまいに頷いて達海は立ち上がる。 DVDは前半戦が終わりハーフタイムに入ったところだった。 「あぁ、なにか飲む?」 「や、トイレ」 「…え」 えええええ、今クリーム塗ったところなのに、と嘆くジーノの抗議を気にせず歩きだす。 「お前が勝手に塗ったんだろ」 「ひどいよタッツミー…」 「手ェ洗わなきゃ満足か」 「それはやめて…」 肩を落とすジーノをドアからニヤニヤしながら振り返る。 「また塗ってよ」 「…それはいいけどさ」 「にひひ」 遠ざかる足音にため息をついて、ジーノは銀色の容器に目をやった。 「愛情表現だって受け取っておくよ、タッツミー」 ついでに自分も塗ろう。そうして早く使いきってしまおう。 背中が寒くならないように今度は後ろから手をとろうかなと、ジーノは一人頷いた。 fin. とれかけのハンドクリームってぬるぬるしててやらしいね。 顔につけてやろうか。 やめて! 戻る |