よんでますよ、ジーノさん !「よんでますよ、アザゼルさん」の上辺だけをパロったようなジノタツ。 !ETUの監督であることはそのままに、タッツミーが悪魔使いでジーノが召喚された悪魔です。 ETUクラブハウスの一室。選手もフロント陣も引き上げた深夜、動き回る影がひとつ。 薄暗い部屋の中でも慣れたようにチョークで魔法陣を描き、悪魔の取扱説明書もといグリモアと呼ばれる古い書物を開いて呪文の詠唱を行う。 光に包まれた魔法陣の中心に現れたのは人型の悪魔だった。 端正な顔立ちに足の長い長身。 黒髪の間から見える角とゆらゆら揺れる尻尾がなければ普通の人間と変わらない。 「やぁ、ボクを呼んだね?」 「うん。お前、まだ他の悪魔使いと契約してないよな?」 「まあね、ボクは縛られるのが好きじゃないんだ。だから残念だけど」 「そっか、わかった」 「え?」 両手を広げて自分をアピールしようとしていた悪魔は肩すかし。 当の悪魔使いは特に気にした様子もなく首を傾け、眉根をよせる。 「悪魔使いなんでしょう?ボクを呼びだしたんだから、契約しようって口説くところじゃないの?」 「だってお前、誰とも契約したくないんだろ」 「そうだけど、今まで呼びだした人間はもっと食い下がってきたよ」 「ふうん?」 生返事で手の中の書物をペラペラと繰りながら頷く悪魔使いの様子に、困惑した悪魔はさらに口を開く。 「どうしてボクを呼んだの」 「お前の説明書を読んだときにね、一緒にフットボールできたら楽しそうだなって思ったの」 「……フットボール?」 「人間界の球技、スポーツ」 瞬きをする悪魔の反応を目に留め、そっか、魔界にはないもんなと一人頷く。 閉じた本を片手に掲げ、悪魔使いは言葉を続ける。 「賢くて視野が広いって書いてあるし、お前『誘惑』の悪魔だろ?」 「まあね」 「相手の裏をかいてパス出したり、敵も味方も見逃してる空いてるようなスペース見つけたり、得意そうだなって思ったんだよ」 「……それ、楽しいの?」 思わずこぼれた言葉には、いろいろな感情がない交ぜになっていた。 今まで自分を呼びだしてきた悪魔使いは、もっと私利私欲の塊だった。 『誘惑』の能力で誰かを支配しろと命令する者、その容姿に目を留めて飼われないかと色香に惑う者。 しかし目の前の悪魔使いはそのどれとも違っているように思えた。 「利益とか、名誉とか、もっと直接に欲しいものはないの?」 「なんで。フットボールのが楽しいのに」 ウチのクラブは貧乏だけど、ピッチの芝には凝ってんだよ。 緑の芝と、白いゴールと、あとはボール。 これだけあれば、思う存分フットボールを楽しめるんだよ。 悪魔は黙りこんだ。警告のアラームが頭のどこかで鳴っている。 『誘惑』の悪魔が契約を交わしてもいない悪魔使いに誘惑されているだなんて。 自嘲のような自分の声にふと我に返る。 何を考えていたのだろう。悠々自適な生活を侵害されるのはごめんだ。 いつものように契約を断って、早く魔界に帰ろうじゃないか。 そこまで考えて、目の前の悪魔使いから契約の話すらされていないことを思い出す。 子どものようにニヒヒと笑う顔を見て、悪魔の中の天秤がくらりと揺れていた。 「じゃあ、引き留めるのも悪いし戻すか」 「あ、あのさ」 「ん?」 「そんなにボクが必要だったら、イケニエも少しは負けてもいいよ」 「ああ」 イケニエ。召還した悪魔が気に入るものを毎回差し出すことが悪魔使いには課せられている。 「炭酸ジュースでいい?」 「やだ、体に悪そう。そうだな、絵画とか美術品とか美しいものを頼むよ」 「はいはい、やっぱ交渉は不成立ってことで」 魔法陣にかざすように腕を伸ばすと、悪魔の体が少しずつ光る床の中に飲み込まれていく。あまりにもあっさりとした幕引きに思わず体を捻って悪魔使いを見やるが、涼しい顔で手を振られた。ああ、本気だ。この人は本当にフットボールとやらのことしか考えていないのだ。 ついに床に肘をつけるまで魔法陣に体を吸い込まれながら、思わず彼は叫んでいた。 「わかった、座り心地の良いイスでいいよ!」 「……イス?」 腕を下ろされると同時に魔法陣から光が消える。 不思議そうな表情をした悪魔使いがこちらに歩み寄り、床に座り込む。 「悪魔がイケニエにイスを欲しいの?」 「集めるのが趣味なんだよ」 「ふうん、でも今やれるの座布団くらいしかねーんだけど」 「ざ……」 たとえ契約は交わさずとも、『誘惑』の能力にあやかりたいと望む人間は大勢いた。縛られることが嫌だからと何度もその誘いを袖にしてきたが、差し出されるイケニエ候補は金銭や貴金属などということも少なくなかった。 それなのに、ああ、それなのに。どうしてかこの人間が望む世界が気になるのだ。 嬉しそうに話す、あのキラキラとした瞳が頭を離れない。 「うん、座布団。どうする?これでもいい?」 「……仕方ないね、どうしてもって言うなら納得してもいいよ」 「うーん、だからまあそこまで嫌なら無理に契約しろとは……」 「ははっ、言ったね?契約しろって」 悪魔はしめたとばかりに笑顔を浮かべて半ば強引に言葉を遮ると、悪魔使いの胸ポケットから覗いていた契約書を引き抜いた。長ったらしい文言が記されたその用紙の末尾、契約を交わす悪魔の欄にどこから取り出したのか羽ペンを持ち、筆記体でサインした。 「はい、あとは悪魔使いのところに名前を書くんでしょう」 「筆記体とかよく書けるな。なんて読むの、これ」 「もう、呼びだす悪魔の名前くらい覚えておいてよ。……ルイジ吉田」 「ふうん、吉田か」 「やだ、ジーノか王子って呼んでくれないと」 言いながらジーノは契約書を覗きこみ、個性的な字で記された名前に目を落とす。 「……た?」 「達海猛、愛称はタッツミー」 「タッツミー、ね」 書き終えた契約書を胸ポケットにしまい、達海は立ち上がる。 伸びをして、部屋の隅のドアを顎でしゃくった。 「じゃ、座布団渡すから取りに来て」 「いきなり部屋にエスコートするなんて積極的なんだね」 「は?」 「うん、喜んでついて行くけどさ。タッツミー」 「なーに、ジーノ」 深夜だからだろうか、見上げる瞳はどこか瞼が重そうだった。 この瞳がまた輝くところが見てみたい。 そんな気まぐれに突き動かされたように交わしてしまった初めての人間との契約。 これからどうなるのだろうという思いは、ジーノの中で期待の方が勝っていた。 でも、その前に。 「……魔法陣から下半身を引き出してくれないかな」 「あ、忘れてた。じゃあいくぞー、せーの」 「ちょ、いたたたたっ」 頭を掻いた達海がジーノの手を取り、気の抜けた掛け声とともに後ろに引く。 呪文でも詠唱するのかと期待していたジーノは半ば泣きながら、力づくで再び魔法陣の上に召喚された。 これが『誘惑』の悪魔ジーノと契約者の達海、初めての共同作業となったのだった。 fin. 「本当に座布団だけ…?」 「仕方ねーな、じゃあ『10』って刺繍してやるよ」 「『10』?」 「そ、お前の背番号」 「…ボクの背番号」 満更でもない様子で座布団を受け取り大人しく腰を下ろすジーノ。 「……え、帰んないの?」 「『誘惑』の悪魔を誘惑しておいて帰れって言うの?」 当分はカルチャーショックのようなやり取りが続く二人。 戻る |