ガラスではないけれど スタスタ スタスタ スタ、ペタ スタ、ペタ 「タッツミー。ちょっと、止まって」 「ん?」 作戦を考えながら散歩する達海の後ろ、考えごとの邪魔にならないようにと距離をとっていたジーノが達海を呼び止めた。 それまで一定の音を立てていたはずの靴音に首を傾げ、ジーノは達海に歩み寄る。 目線を下げて「ああ」と頷き、肩をすくめて苦笑い。 「どこかで休もうか」 「なんでよ」 「だってタッツミー、サンダル」 「ん?……あ」 言われて目を落とせば、右足のサンダルは底がぺろんとめくれていた。 足首を前後に振るとペタンペタンと間の抜けた音がする。 「…歩けるって」 「転んだら危ないよ」 「へーきだって、ほら……げ」 首を振るジーノによく見せてやろうと角度を変えるが、靴底はそこで力尽きたように土ふまずの辺りまで垂れ下がった。 「ね、一回座ろう」 「……」 達海は苦々しげにサンダルとジーノとを見比べ、好きにすればと肩をすくめた。 ジーノに提案された老舗の喫茶店を却下し、駅付近に並ぶチェーン店のカフェのイスに腰を下ろすと達海はようやく落ち着いたと息をついた。 対するジーノは黄色い笑い声や勉学に勤しむ学生の消しカスに眉をひそめていたようだが、特に文句は口にしなかった。 自分の前のティーカップには目もくれず、達海をじっと見つめる。 「これボンドとかで止めらんねーかな」 「……じゃあ、少し待ってて」 達海が冗談まじりに呟くと、考え込むようにしていた瞳が思案の色を浮かべる。 そのまま席を立って自動ドアを出ていくジーノの後ろ姿をガラス窓越しに横目で追って、達海はくわえていたストローに軽く歯を立てた。 「らしくねーの」 フルーツジュースに浮かぶ氷を遊ばせれば澄んだ音が響く。 わかってるけどね、とは内心で。いつになく茶化さずに腕を引かれたのは、それが足だからだろう。 気を遣われることに慣れてはきたものの、どこか落ち着かない。 居心地悪いとまではいかないのだが、くすぐったいような気さえする。 「…そういえばアイツ、ほんとにボンド買いに行ったのかな」 すぐ外の歩道は観光客と人力車と車が行き交う大通りに面している。 休日なので人ごみに紛れるとは思うが、まがりなりにも地元サッカーチームの司令塔である。 コンビニの店内あたりでファンに爽やかな笑顔を向けながらボンドをレジに置く王子サマを想像して、達海は思わず吹きだした。 「ハハッ、似合わねーな」 「なにが似合わないって?」 はたと我に返って顔をあげると、当のジーノが席の前に立っていた。 テーブルに手をつき顔をのぞきこんでくる。 「近いっての」 「ふふ、遅くなってごめんね」 遠慮なく手のひらで頬を押し返すが、気にした風もなくジーノはイスに腰を下ろす。 なにやら御大層な白い箱をテーブルに乗せて、開けてみてと達海に示す。 「…なにお前。どんだけボンド買ってきたの」 「もう、ボンドじゃないってば」 目を瞬かせる達海に呆れたように肩をすくめると、仕方ないなとジーノは自分で蓋に手を置く。 軽い音がして、箱の中身が姿を現した。 「……サンダル」 「うん。ね、履いてみて」 ジーノは白い紙に包まれた黒のサンダルを取り出すと達海の足元にならべる。 ボンドでいいって言ったのに、なんでわざわざ。 言いたいことはイロイロあったが、目元を緩めて勧めてくる視線に押され、達海は履いていたサンダルを脱いだ。 「…ゴツいの選んだな」 「そう?」 つま先を通すだけでは足が固定されない。 屈みこんで指を這わせれば、革製のヒモと留め具が余っていた。 バックストラップタイプのサンダルだと気がつき、達海は眉間にしわをよせる。 「これ女物じゃないよな」 「違うよ、ちゃんと紳士モノ」 本当は迷ったんだけど、との言葉はきれいに流して両足ともに留め具をパチンとはめ込んだ。 ふうん、とイスの背もたれに寄りかかって眺めてみる。 「……ぴったり」 「そう、良かった」 「さっすが王子サマだねぇ」 意地悪い視線を投げたつもりだったのだが、瞬きをしたジーノに微笑まれてしまう。 「サンダルだし、そこまでサイズが細かくなかったから」 「そーかい」 「それに、ねぇ」 ふふふ、と満足気に口元を緩めるジーノは手のひらを上に向けて視線を落とした。 親指と他の4本の指でなにかを測るように指先を軽く立てる。 それが自分の足の幅であろうことに気づいて達海はそっぽを向いた。 「記憶力がよろしーことで」 「はは、任せてよ」 「褒めてねえっての」 すっかりいつもの調子を取り戻したジーノに苦い表情を浮かべて、達海はもう一度足元に視線をやった。 甲の上を交差するデザインに、足首までしっかりと固定された黒い革製のサンダル。 目立ちすぎない鈍い金色の留め具がなんとなく憎らしい。 「散歩に付き合わせてくれたお礼だよ」 「えー?お前は勝手についてきたんじゃん」 「もう、そんなこと言わないでよ」 言葉ほど落ち込んだ様子はなさそうなジーノが笑う。 気にならないと言えばウソになるが、この手のことでジーノに領収書を求めてもさらりとかわされてしまうのだ。 ため息をひとつついて、あんがとね、と告げるとジーノはなにも言わずに微笑み返した。 「本当は車をとってきても良かったんだけどさ、休日は混んでるからね」 「人力車もあるしタクシーも多いしな、お得意の『馬車』は連れて来れねーだろ」 「そう、だから今日は『ガラスの靴』を探してきたんだ」 思わず目を丸くした達海を見つめるジーノの瞳が細くなる。 お前ね……と二の句が継げないでいる達海を面白そうに眺めながら、ジーノはお得意のセリフを口にした。 「王子だから、ね」 「…はいはい」 fin. 戻る |