darling beat!



「お前の部屋さ、毛布あまってない?」

夏の中断期間、キャンプ三日目。
夜のミーティングも終わった自由時間。
突然のノック音に渋々とジーノがドアを開けると廊下には達海が立っていた。

「毛布?」
「そ、あったら貸してほしいんだけど」

練習のときとは違う黒のジャージと、柔らかそうな髪。風呂上がりであろう達海は頬を緩めていて、上機嫌なように見えた。赤く染まる頬に目を留め、酔っているところは初めて見たなと思いながらもジーノは首を傾げる。

「いいけど、足りないの?」
「俺じゃあねーよ」

苦笑いをしながら肩をすくめるが、達海はどこか嬉しそうだった。


「あ、おかえりなさいっス監督!」
「うっス!」
「なんだ、王子も来たんですか?」

世良、椿、赤崎の若手三人組がテレビ前にかじりついてゲームのコントローラーを握りしめている。ドアを閉めていても廊下まで聞こえてきた騒ぎ声に、ジーノは眉をひそめた。

「そう言うザッキーこそ、楽しそうだね」
「え?・・・あ、ちょっと待ってくださいよ世良さん!」
「へへっ、集中力ないんだよー」
「ああっ、また抜かされた・・・」

達海の個室部屋のテレビ前に陣取る三人は、なにやら見覚えのあるキャラクターを乗せたレースゲームに夢中なようだ。抱えてきた毛布をベッドに下ろしてため息をつくと、となりで同じように一息ついた達海が笑う。

「あいつらの部屋のテレビだと接触悪いんだってさ」
「ふうん」
「雑魚寝するにしても、風邪ひかせるわけにはいかねーしな」

タッツミーも休めないじゃないかと目で告げると、ベッド脇のテーブルに置かれた缶を摘んでみせた。なるほど、土産をもらったということなのだろう。達海の頬が赤い理由に頷きジーノはベッドに腰を下ろした。

薄暗い室内が正面の大きなテレビの明かりがぼんやりと照らす。その明るささえ三人の背中で半分以上が隠れてしまっている。

「あー、もう一回!」
「へっへー、何回やってもおなじだっての」
「うう、またビリかあ・・・・・・」

この様子だとしばらくは続きそうだ、とジーノはあくびをかみ殺した。どうせ暇を持て余すなら、さっきまで読んでいた雑誌でも持ってくるんだったと天井を仰ぐ。

「ジーノ」
「王子ー」

床に座り込んでいた達海と振り返った世良の声が重なった。気づかなかったのであろう、世良はコントローラーを掲げて手を振る。

「王子もやりません?あと一人入れるんスよ」
「はは、ボクはタッツミーと見学しているよ」

そっすかー?と笑いながら、再び画面に食い入る三人。ふと振動が伝わったと思うと、達海がシーツに身を投げ出していた。スプリングのきいたベッドが音なく揺れる。

「見学してんの?」
「退屈ではあるけどね、悪くないんじゃない?」

含み笑いのジーノを訝しがりながらも、達海の視線は若手へと向けられている。酒がうまいというよりは、三人の様子をほほえましく見守っているようだ。

その柔らかな眼差しを横目で眺めているうちに、小さないたずら心がわきあがる。むくりと芽生える企みとともにそろりとシーツに手を這わせていった。

そうして行き着く、達海の右手。

「……お前な」
「なに?」

達海があきれたように軽く睨みながら、こちらに顔を向ける。あいも変わらずといった調子で聞き返せば、毒気を抜かれたように肩をすくめて達海は正面へと向き直る。

「お前ってときどきわかんねーことするな」
「そうかな」
「そうだよ」

わざとらしくため息をつく達海に気が付いたらしい、椿が振り向いた。どうしようか、と一瞬考えたが特に動かずに顔を上げる。

「監督?」
「ん?」
「えと、監督もやりませんか」
「んー」

この距離で薄暗い部屋だ、手がつながれているとはわからないだろう。だが、離そうと動けばきっと不自然にうつる。どうしようかと、もう一巡させれば、指の間に割り込んできたジーノの長いそれが、くい、と曲がる。

「ん、俺もいーや」
「そっスか?」
「おい椿、逃げンなよ!」
「もうスタートするぞ」
「ええっ」

ばたばたとゲームに引き戻されていく椿に達海は内心で胸をなで下ろすが、涼しい顔をしているのであろう隣には目をやらない。空気を察しているのであろうジーノも声をかけてこない。ただ指の上をなぞる体温が、爪をくすぐる指の腹が、緩急をつけて握り込まれる手のひらが雄弁に動く。

言わんとしていることが何となく伝わってくるところが憎らしい。いいように流されてなるものかと眉根をよせる達海だが、酔いが回りはじめた頭にはうまい策が浮かんでこない。どうしたものかと眉根をよせていたのだが、ふと距離が詰まったジーノの口が耳元でゆっくりと動く。

「タッツミー、部屋に行こうよ」
「んあ?」
「眠いんでしょう?ボクの部屋は静かだよ」
「……」

ここで流されてなるものか。そうは思うのだが、頭が言うことを聞かない。結婚詐欺師のような甘い笑顔に見つめられると、なんだかもう、それでもいいように思えてくる。

「…うん。寝よっか」
「ふふ、嬉しいな」

あ、なんだかほんとに嬉しそう。誰にでも振りまいてる笑顔のくせに、いちいち反則だ。眠りのふちに片足を突っ込んでいる達海は露骨に口を尖らせた。

悔しい。このままコイツの思い通りって、なんだか悔しい。俺にもわがままのひとつくらい言わせろ王子様。

おもむろにジーノの頬に手を伸ばすと、予想外の出来事に彼は目を丸くした。その表情の変化がおもしろくて、吸いよせられるように柔らかく、達海はジーノに口付けた。

「……」
「へんなかおー」

突然のことに固まったジーノに、満足そうな笑みをひとつ。達海はくたりとその身を預けると寝息をたてはじめた。あとには相変わらず動けない王子様と、思わず振り向いてしまった三人の真っ赤に染まる頬。テレビ画面にはレースゲームのスタンバイを告げる画面が今や遅しと点滅していた。



are you ready?

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酔ったタッツミーがキス魔だったらどうしようと思う私がどうしよう。


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