開けてよ!





「タッツミー」
「おお、お疲れさん」


練習が終わり仲間も帰ったロッカールームを後にして、クラブハウスの狭い廊下を前からやってくる姿に目を留めた。
呼びかけるとジャージ姿の達海は片手を挙げて応える。
その脇に作戦用のホワイトボードが抱えられているのに気づき、ジーノは足を止めた。


「あのさ」
「ん?」


監督部屋のドアノブに手をかけて達海が猫背気味の姿勢で振り返る。


「なに」
「今度の作戦のことなんだけど」
「ああ。なんか分かりにくいとこあったか?」
「今日説明されたのは前半までの作戦だよね?後半もあれでいくのかなって」


その言葉にダルそうにしていた達海の表情が変わる。
にやにやといつもの笑みを浮かべて、ジーノの目を見据えた。


「なんか不服?」
「もっとボクが目立つ作戦にしてもいいんじゃないかな」
「えー。お前スタメンでずっと起用してるだろ」


眉根をよせて露骨に不快だという顔をすると、反対に達海は面白そうに笑う。


「相手は村越を警戒してくるだろうしな。お前が攻撃の起点になるのはいつものことだろ」
「だからってボクが注目を浴びない作戦は興が削がれてしまうよ。ナッツにばかりおいしいところを持って行かれるのも不快だね」
「はいはい。何度も言うけど、お前はアシストに徹しろ」
「えー」


不満を受け流すように肩をすくめて、達海は「いいか」と口を開いた。


「だってお前、最近点取りすぎなんだよ」
「いいじゃない」
「そうだけど。お前が好調なのなんて相手だってチェック入れてくるに決まってるだろ。だからあえてアシストに徹しろって言ってんの」


褒められているのか、言いくるめられているのか。
ジーノはしばらく黙り込んでいたが、両手を広げてみせた。


「まあ、裏をかくっていう作戦は嫌いじゃないけどね。ただ、やっぱりボクが活躍しないまま後半も進むんじゃおもしろくないよ」
「……お前な」
「アシストが記録されるのは構わないけどね、相手も気づくよ。そんなことをタッツミーが読んでないとも思えないしね」
「それはどーも」


あひる口の顔にウインクを投げて笑いかけると、仕方ねえなと達海は頭を掻いた。


「まあ後半から布陣は変えるつもりだけどな」
「うん、待ってました」
「そのかわり」


顔を上げた達海の表情はピッチにいるときのものと同じだった。
まっすぐにジーノを見つめる、勝負師としての監督の顔。


「目立ちすぎてマーク2枚付かれるかもしれないことは頭に入れとけよ」
「うん」
「ボール触れなくて飽きたからってやる気なくして、守備するフリもしなかったら承知しねえ。即行下げるかんな」
「うんうん、了解。で、そのボク専用の作戦って明日にならなきゃ教えてもらえないのかな」


ずい、と距離を詰めて近寄るジーノに毒気を抜かれた達海はしばし呆気にとられていたが、すぐに眼孔に力がこもる。


「はっ。明日はピッチで動いてもらわなきゃ困るんだよ」
「それなら今日のうちに作戦教えてもらわなきゃいけないね」
「おう」


髪をかきあげて一人頷いたあと、ジーノは目の前の監督部屋のドアを指さした。


「じゃ、タッツミーはボクが座れるところを用意しててよ」
「…お前、これが狙いだったろ」
「ははっ、めずらしくインスタントコーヒーでも飲みたい気分なだけだよ」
「…俺ミルクいらね」
「はいはい、知ってるよ」


呆れたように肩をすくめた達海を横目に、ジーノは鼻歌まじりに給湯室へと足を向けた。
達海は上機嫌なそれを聞きながら面白くなさそうに顔をしかめる。


「これで誘導したつもりだってんなら、甘いんじゃねーの」


にひひと意地の悪い笑みを浮かべて部屋に入ると、達海は後ろ手で内側からドアの鍵をかけた。


fin.

コーヒーカップを両手に持った王子が戻ってきて、題字にいきます。


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