遅いんだよ





あ、来るかな、と思うときが、ある。


「タッツミー」

これは違う。


顔を上げると笑みを浮かべたジーノがベンチに歩みよって来ていた。


「どうだった?今のシュート」
「あー、うん、いんじゃない」


紅白戦での出来を褒めてやると嬉しそうに胸を張る。
扱いやすいようで面倒くさいような。
達海が作戦用のホワイトボードに目を落とすと、満足したのか足音は遠ざかっていった。




「タッツミー」

これも違う。


「おぉ、お疲れさん」
「うん、お疲れさま」


解散を告げたグランド、クラブハウスへと戻る選手の背中がまだ見える。


「早く戻れば。冷えるぞ」
「うーん、すぐに戻るとロッカールーム混んでるんだよね」


困ったと言いたげな反応に呆れて肩をすくめると、頼みもしないウインクが飛んでくる。


「だからさ、ファンサービスでもしてくるよ」
「おぉ、めずらしいことで」


ジーノが歩みだすと、フェンス越しに声援を送っていたファンの波がすぐに黄色い声に包まれる。
有里に知らせたら喜ぶんじゃねーのとその様子を眺めながら、達海はのんびりグランドを後にした。




「タッツミー」

微妙なライン。
ああ、来るかな。


「なーに」
「広報用のサインボールがひとつ余ったんだけどさ」
「うん」
「プレゼントしようか?」
「いりません」
「ふふ、残念」


ジーノはクスリと笑んで、じゃあねとドアは閉められる。
気まぐれにドアをノックしてきたと思えば、たいていくだらない用事なのだ。
達海は眉根をよせてため息をつき、テレビに視線を戻した。




「タッツミー」

これは、どうだろう。


その先を考えるよりも前に、肩に手が置かれた。
振り向くと同時に頭を抱え込まれる。
回された腕に力がこもっていて、動けない。
ついでにくっついた胸元から聞き慣れた心拍音が耳に流れ込んでくる。


「いきなりなんだよ」
「はは、タッツミーも野暮なことを聞くんだね」


いやにご機嫌なやつの肩越しになんとか頭をずらしてドアを確認すると、扉はしっかりと閉じられていた。


「ご丁寧なことで」
「ふふ。ねぇ、タッツミー」


ああ、これだ。
……くる。


「ムードに身を任せてよ」
「…今日は来ねェと思ったんだけど」


読み違えたかね、と口元を歪めてジーノの顔を仰ぎ見れば、その瞳が意外そうに瞬いた。
途端、吹き出すように笑いだしたかと思えば長い指先でくせ毛を掬われる。


「うん、タッツミーその顔だよ」
「…は?」
「ボクが呼ぶたびに探るようにして見つめてくるからさ。ちょっと焦らしてみたんだ」
「……お前…」


待たせてごめんね、と言葉とともに下りてくる柔らかい感触。
悔し紛れに口を尖らせながらも、達海は諦めたように目を閉じた。


fin.


戻る




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -