オトナのしるし2 !引き続き猫耳パロ設定です 「えええええええ、か、監督、それ!」 「耳、耳!!」 「じゃ、じゃあもしかして、しっぽも……!?」 とたんに色めき立つ選手の声と、それに正直な反応を示して波打つしっぽたち。フードを掴んだままの有里も硬直したままだ。 「……でも、いつ?」 ぽつりとこぼれた呟きに誰もが動きを止める。たしかにそうだ。普段の練習日ならともかく、今はキャンプ真っ最中。取材陣の目もあるため、夜の出歩きは厳しい。では、いつ。 「昨日までは付いてなかったですよ」 鋭い視線で耳を観察しながら赤崎が口を開く。数人が相づちを打ちながらも、別の疑問が沸き上がる。 (じゃあ、誰と?) 無粋であるとは思いながらも、その疑問は離れない。ちらりと有里に視線を投げる者もあるが、すぐに首を横に振る。 「まあ、有里のあれは付け耳だもんなぁ」 「丹さん、聞こえますよ」 気配を察知したらしい、有里の視線が丹波を射抜く。達海はだいぶ大きなひそひそ声に肩をすくめ、ずれたフードを取り払った。ついでにジャージの中に隠していたしっぽも掴みだす。 「あーあ、バレちゃったか」 気恥ずかしそうに眉をひそめるものの、昨日までと同じように達海は選手に向き直る。腰に手をあて、二ヒヒと笑って。 「さて、キャンプ最終日だけど午前中は練習あるかんな。最後まで気ィ抜かないように。あとまあ、今更だけど」 そこで言葉を止めて、達海は選手たちを見渡した。集まる視線に監督就任の初日のことを思い出す。たっぷり間をおいて、ゆっくりと口角をあげる。 「似合う?」 なにが、とは言わずもがな。尋ねられて慌てる若手の世良と椿、「似合いますよ」と穏やかに返す緑川、黙り込む村越など反応はさまざま。そんな中でただ一つ、クスリと笑い声がもれる。 「ふふ、こんなに早く披露しちゃうとは思わなかったよ」 「うるせーな、バレたらもう隠しようがないだろ」 口を尖らせる達海と含み笑いのジーノを交互に見やりながら、どよめきが起こる。二人の間に漂う空気が何かを示唆しているようでいて、しかしそれを認めてしまうのは躊躇われた。 もしかして、ああ、もしかして。 「王子は…知ってたんスか?監督の、耳のこと」 「……知っているもなにも」 椿の無謀とも思える質問にも動じることなく、ジーノは髪を掻きあげる。椿に向けていた眼差しを達海へと移し、その瞳を細めてみせた。左右に揺れるしっぽの動きは、平静のときと変わらない。 「ね、タッツミー」 「そーだね。はいはい、まずはランニングからなー」 そうって、なに? 全員の耳が落ち着かなさそうにぱたぱたと揺れながらも、ランニングへと一人また一人と走り出していく。後ろ姿からもその動揺は手に取るように分かり、達海は仕方ねえなと空を仰いだ。 頭の上に突き出た敏感な耳が、風にあたってくすぐったい。昨日までとは違う感覚にむずむずする。こんなものとこれから一緒に生活していくのかと思うと、ため息しか出てこない。同調するようにうなだれるしっぽも、感情が直に反映されて厄介なことこの上ない。 「お前もさっさと走ってこい」 「すぐ行くよ」 しっぽの動きから、となりに立つジーノが上機嫌であることがうかがえる。本当に厄介なのは感情がわかるからこそ、どう対応するべきなのか悩むことだ。こうして向き合っていると数時間前のようだと、達海は思う。練習後に近づいてきたジーノが浮かんだ。 『俺がオトナにして耳もしっぽも生やしてやるよーとか言う奴ならいっぱいいたよ。そういうの、疲れたんだってば』 『心外だなあ。そんな輩と一緒にしないでよ』 夕暮れを背に、気分を害したというようにジーノは眉をひそめた。この距離感が嫌いではないと達海は思う。気が付けば傍にいたり、好意を寄せて伝えたり、それが嫌だというわけではない。だが、そうやすやすとその一線を越える気にはなれなかった。 『耳とかしっぽとか関係ないよ』 『ふうん』 『好きだって思うならふつうでしょう。耳もしっぽも、一番気にしてるのはタッツミーなんじゃない?』 『……ハッ、言うねえ』 睨みつけたところで飄々と受け流すジーノを見据えて、達海は重い腰を上げた。売り言葉に買い言葉よろしく、その線を飛び越えた。 「まあ、興味がなかったって言ったら嘘になるけどさ」 「ほらみろ」 いつになったらこの王子様はランニングに参加するのだろうと頭の隅で思いながらも達海は笑う。そろそろ一周目を終える選手たちが近づいてくるころだ。 「絶対に似合うと思ったし、ね」 「へーへー」 「でも生えてくるところが見られなくて残念だなぁ」 「……起きたら生えてて俺もビビった」 ぼそりと呟く達海に満足げな笑みを浮かべ、ジーノは片手をあげた。サボっていることに気づいたらしい赤崎が見咎めるようにジーノを呼んでいる。 「じゃ、いってくるよ」 「さっさと行けって」 つれないなあ、と口元を緩めながらジーノは駆けだしていった。そのしっぽの揺れさえ、今は憎たらしく見えてくる。選手たちの視線や質問をどう切り抜けようかと、達海は眉をひそめた。 だいたい、あんな風に呼び止められて身構えない方がどうかしている。しかし今思えば乗せられたのは自分なのだという苦い思いも頭をもたげていた。 『タッツミー』 『おお、お前もお疲れさん』 『あのさ、まだフットボール以外に恋人つくる気はないの?』 『なんのこと』 『耳、生やしてみない?』 『……は?』 「……せめてキャンプ中はやめとけばよかったな」 一人ごちても応えるのは風になびく耳としっぽ。 感情に素直で厄介で、これから付き合っていく体の一部、オトナのしるし。 fin. 戻る |