オトナのしるし




!「オトナ」になると猫耳としっぽが落ちるというLOVE.LESS設定の「オトナ」になると猫耳としっぽが生えてくるという設定でお送りします。




監督には耳がない。
就任初日の朝、選手たちの好奇の眼差しを前に監督達海は物怖じすることなく胸を張った。


「えーと、みんな俺の頭が気になるみたいだから先に言っとくね」


図星をさされた選手が肩を縮こまらせるが、気にしていないと笑い飛ばすように達海は続ける。


「俺にはフットボールが恋人で、それ以外はいらねーの。以上!」


じゃあ後はコーチ陣にお任せー、と手を振りクラブハウスへ戻っていく達海に呆気にとられる選手たち。同じく取り残された後藤にどっと詰めより、彼らは言葉にならない疑問をぶつけた。


耳がない。
それはつまり、「オトナ」ではないということ。
性行為を経験することで生えてくる猫のような耳としっぽはオトナのしるし。
ETUの選手で生えていないのは、新人の椿くらいだ。好むと好まざると、また似合うと似合わざるとにかかわらずそれらは生えてくる。ピッチの上では攻撃的にピンと尖った耳が立ち並び、逆立つしっぽが走り回る。


「はは、混乱するのもわかるけどな、あいつにも事情があるんだよ」


なだめすかすように苦笑いする後藤の話をまとめると、達海は現役時代、それはそれは熱烈なアプローチをあちこちから受けていたらしい。耳が生えていない達海をからかう声も、純情だと夢を抱く黄色い声も後を絶つことはなかった。年代も、ときには性別をこえてまで押し寄せてくるラブコールに嫌気がさしたらしい。達海はある日、宣言したのだという。


「そんな目で見られるくらいなら、耳もしっぽもいらねー」


感情が高ぶればすぐに態度に現れる正直なオトナのしるし。敵の動揺も、次の動きもパスコースも、ともすれば裏を突かれる要因となってしまう厄介なもの。事実、達海も相手の耳の動きをみて策略を練ることさえあった。


オトナの証であろうとなんであろうと、ゲームの上では邪魔以外の何物でもないと達海は判断した。以来、人とのつきあいは一定の距離をとるようになり、フットボールを第一として過ごしてきたのだという。


「それに、監督の技量に耳もしっぽも関係ないだろう?」


後藤の言葉に顔を見合わせた選手たちは、それもそうだと頷きあって自主練習へと戻っていく。なんとか収まったように見える、就任初日の混乱。ふう、と胸をなで下ろした後藤の頭で耳がぴょこりと垂れた。


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「おーし、今日の練習はこれまでー。ダウンしっかりして、プールで泳ぐの忘れんなよー」


夏の中断期間の一大イベント、キャンプも明日で最終日。
さすがに疲労の色がのぞく選手たちは礼をしたあと、互いに労をねぎらい合う。その様子をいつもの意地の悪いものとは違う笑みで眺める達海。


「なんだかんだで、監督の頭にも見慣れてきたよな」


誰ともなく呟かれた言葉に、内心で頷く者は少なくない。はじめこそ動揺したものの、練習や試合が始まればそんなことは全く関係なかった。選手でただ一人耳のない椿などは達海の潔さにむしろ勇気づけられたほどだった。


耳の代わりに風に揺れる柔らかな色合いの毛先、寝癖で跳ねた髪。選手に出される的確な指示。しっぽのない後ろ姿からは感情を読み取ることは難しい。それが対戦相手の混乱を招くことにもつながっていた。


「タッツミー」
「おお、お前もお疲れさん」


優雅にしっぽを揺らしながら歩み寄ってくるジーノに、達海は顔を上げて応じた。ジーノの黒一色の耳としっぽはいつ見ても毛並みが良く整えられている。


夕暮れが辺りを包み込み、切り取ったように二人の影が長く伸びる。選手やコーチ陣がホテルに引き上げていくなか、グラウンドには達海とジーノが残された。


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「監督ー、選手全員揃いましたよー」
「もう、どこに行っちゃったんですか最後の最後まで!」


キャンプ最終日の朝。
松原と有里が達海の姿を探してホテルを走り回っていた。寝坊するのはいつものことだが、今朝はベッドももぬけの殻。どうやら起きてはいるらしいとの察しはついたが、達海本人が見つからないのだ。


「あ、監督!」


ふいにひょこりとグラウンドに現れた達海が、周囲をきょろきょろと見回しながら選手に近づいてくる。


「チューッス!」
「はようございます!」
「松原さんも有里さんも探してましたよ」


呼びかけられる声に身をすくませながら、達海は曖昧に頷いた。明らかにいつもと様子が違う監督に首を傾げる選手一同。その疑問を素直に口にしたのが椿だった。


「監督……どうしたんスか、そのパーカー」
「……や、なんでも」


指摘されて、ああ、と視線は達海のパーカーに集中する。もっと言えば、そのフードに。達海は目元まで隠してしまうほどにフードを引き延ばし、その端を掴んで離そうとしない。そんな気まずい沈黙をものともしない怒鳴り声が飛んできた。


「ああ、いた!達海さん!」


ずんずんと足音大きく有里がやって来る。その声にも肩をすくませ後ずさる達海に、逃がすものかと有里は手を伸ばす。


「探したんだから!選手はもうとっくに待ってるっていうのに!」
「わりーって」
「いっつもいっつも、まずはその態度を改めなさいっての!」
「あっ、バカ、有里……」


肩口にかけた手を身をよじって振り払った達海の態度にさらに火がついたらしい。有里は矛先をフードに変えて再び手を伸ばし、達海を引き寄せるようにグイッと力をこめた。負けじと達海も抵抗を試みるが、黒いフードの合間からなにかがぴょこんと飛び出した。髪の毛かとも思われるそれは、しかし風に逆らいぴくぴく動いた。


色素の薄い色をした耳が、達海の頭で揺れていた。





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