おやすみ! 画面の向こうで転がるボール、ピッチを走るユニフォーム。 見えかくれする弱点、ふとしたことから変わる試合の流れ。 練習後、達海は次の対戦チームの試合分析に取り掛かっていた。 「…?」 いつものようにテレビに集中していると、不意に肩を叩かれた。 振り返ると拗ねたような顔をしたジーノがベッドから身を乗り出している。 「なに?」 ジーノが口を開くものの、返事は聞こえない。 音がこもったように空気が重い。 口の動きを読もうとしたが、『タッツミー』しかわからなかった。 達海は肩をすくめて耳に手をかけた。 スポッという音とともに室内の空気が耳に流れ込む。 「なーに」 「なんでイヤホンなんかしてるの?」 首を傾げるジーノを横目に、リモコンに手を伸ばしてDVDを一時停止させる。 「この実況のオッサンの解説が面白いんだよ」 「ふうん。でもいつも音出して聞いてるじゃない?」 たしかに、いつもならば特に気にせず音量を上げる。 しかし今はそれよりも気になることがあった。 「…お前、いつ来たの」 「いやだなぁ、気づいてなかったの?」 ジーノいわく、ノックも呼びかけにも反応がないのはDVDに集中していていつものことだと思ったとのこと。 その通りではあるが、くつろぎすぎだろうとベッドに広げられた雑誌に目を留める。 「まぁいいけどさ。ところで今、何時?」 「9時半くらいかな」 「そっか。まだフロントに人いる?」 「ああ、まだ残っているみたいだったよ」 頷く達海にジーノが再び首を傾げる。 先ほどの質問にまだ返事がないといいたげな眼差しに達海は苦笑した。 「後藤と有里に怒られたんだよ」 「怒られた?」 日々の寝坊を見かねた二人から、フロントが帰るころには仕事をやめろと言われてしまった。 それ以来、音洩れを気にしてイヤホンを付けるようになったのだと達海は話した。 「ふうん、そうなんだ」 「そーなの。だから悪いけど、そろそろ部屋の電気消してくんない」 「寝るの?」 まさか、と言いながら達海はニヤリと笑う。 そんな気はさらさらない。 「電気消して、毛布かぶってテレビ見んの」 「…そこまでするの?」 両手を広げながらジーノは苦笑い。 それに、雑誌が読めないじゃないと言葉を続ける。 「んー、後藤にはあんまり心配かけたくねぇんだよ。最近忙しいみたいだし」 「…ふうん」 「だからジーノ、電気消して」 すんなり室内の明かりが落ちたと思ったら、ブウンと気の抜けた音がしてテレビ画面が暗くなる。 「おーい、テレビは消さなくていいんだよ」 「簡単だよ。心配かけたくないんならさ、寝ちゃえばいいんだよ」 バサッと視界を毛布で覆われて、背後から体重をかけられれば身動きがとれなくなる。 「おい、ジーノ」 「いいじゃない。今日くらい早く寝なよタッツミー」 胸の前で組まれている腕を振りほどくべきか、否か。 寝ろと言うわりに、テレビ前であぐらをかいた体勢でどうしろと。 「……」 「……」 「………」 「ベッド詰めろ、寝るから」 毛布から顔を出すと、ベッドから身を乗り出していたジーノが後ずさる。 その表情は暗くてよくわからない。 テレビ画面の明かりは落とされたものの、DVDプレイヤーからは低い機械音が聞こえる。 お前は変なところで拗ねるのなと笑いながら、達海はリモコンに手を伸ばして電源ボタンを押した。 その腕に重ねられたジーノの手の平から熱が伝わる。 立ち上がろうとしたところで腕を引かれて、バランスを崩しベッドに倒れこんだ。 「………っ!」 「おお、悪い」 避けそこなったジーノの腹に見事着地。 背中を丸めてうずくまるジーノに苦笑いしながら、達海は緩む頬をその背に寄せた。 fin. (早く起きて作戦考えねぇとなー) (えー、ギリギリまでごろごろしてようよ) (…お前は帰れよ、明日も練習だぞ) 戻る |