眼差し距離感




!大学生ジーノのファン視点。




「王子は監督さんのこと、好きなんですか?」


ある日の昼休み、食堂。
ラッキーと思うが早く足が動いていた。
ファンであるという認識をされていたらしい私はあっさりと王子に同席を許された。
ファンクラブからの連絡と称して、今日の差し入れはなにがいいですかなどと話していればよかったのに。
会話が一区切りついたところで、その疑問は口から転がり落ちてしまった。


「そうだね、練習メニューは面白いよ」


王子は瞬きをして口元に笑みを浮かべた。ああ、いつ見ても長い睫毛。
でも、ほんの少し間ができたことを私は見逃さなかった。


「そういう意味で聞いているんじゃないですよ」
「そういう意味で聞いているんじゃないのかな」


どっちだろう。思わずジッと見つめると、ウインクを投げかけられた。
だめだ、このままでは王子に流されてしまう。


「だてに王子に見とれていませんから」
「おや」


頬杖をついて微笑むと、王子は目を伏せて黙り込んだ。
ちょっと考え込んでるのかな、めずらしい。
でも、見ていればわかるのだ。


王子はピッチでも存在感がある。
正確なパスワークと広い視野と、的確な指示。
でもふとした瞬間、その眼差しはどこか一点を見つめている。
それはコーチ陣のいるベンチだったり、サブ組の練習風景だったり。


「はじめは何を見てるのかなって思ってたんですけど」
「うん」


視線の先にはいつも、達海監督の姿があった。
眠たそうに目をこすっていたり、タマゴサンドとドクペを持っていたり。
けれどただの素人ファンの目にも、選手が活き活きとしているのが伝わってくる。
監督さんは、つかめなくて不思議な人と思っていた。


「王子もあんな顔するんだなって思っちゃいました」
「はは、格好悪かったかな」


全然、いつもより優しい顔していますよ。
それでも私はどうにも気になっていた。
好奇心と、なんだろう、たとえるなら母性にも近いなにか。
あの視線の意味は、もっと深いところにあるように思うのだ。


「ファンとしては、その眼差しをこちらに分けてほしいくらいです」
「ありがとう、覚えておくよ」
「…で、王子。同席できて嬉しいですけど、今日はどうして食堂に?」


昼時の食堂のような人でごった返した場所にいるだなんて。
けれどその理由は王子が口を開くより先に、入口からやって来た。
いち早くその姿を目に留め、私は荷物をまとめて席を立つ。


「じゃ、お先に失礼しますね王子」
「まだなにも言っていないのに?」
「その眼差しで十分です。あとでみんなと差し入れ持っていきますね」


苦笑いする王子に手を振り、小走りにドアの方へ向かう。
きょろきょろと辺りを見回していた人の袖を引いた。


「あれ、ジーノの…」
「こんにちは。席をお探しでしたら、奥の窓際に王子がいましたよ」
「…いーの?」
「今から授業なので、名残惜しいですがご挨拶だけしてきました」
「抜かりないねー」


ニヒヒと悪戯っ子のような笑みを浮かべて、監督さんは了解と頷いた。


「おかげで座って飯食べれそうだ、ありがとね」
「いえいえ」
「今日は見学に来んの?」


意外な問いかけに思わず目を瞬かせたが、頷いて応えた。
そういえばこんなに長く監督さんと会話をしたの、はじめてかもしれない。


「そっか、ジーノのやつ喜ぶな」
「あはは、お邪魔にならなけばいいんですけど」
「そんなことないよー?声援あるときのアイツの集中度は違うかんね」


あ。


「…ん、なにか言った?」
「いえ、じゃあ放課後また、お邪魔しに行きます」
「うん、授業がんばってねー」


歩き出す監督さんの背中を眺める。
なんでもないような会話だったけれど、ほんの一瞬、目元が柔らかくなった。


(王子と、おんなじ)


これは内緒にしておこうと一人頷き、私は教室へと足を向けた。
今日は王子になにを差し入れしようかと考えながら。


fin.

答えを曖昧にしてしまったけれど、聡い彼女は感づいただろうとジーノはその背中を見つめていた。
(このくらいの距離感がちょうどいいだなんてね)
今は、まだ。
歩いてくる達海の姿に、ジーノは手をあげて呼びかけた。


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