歌が満ちる2




「…なんだっけ、ちょっと違うか」


数日後、ジーノ宅の浴室。達海は湯舟に浸かりながら口をパクパクさせていた。

広い浴室の壁に、発声練習のような歌声と湯気が浮かんでいく。


この冬一番の冷え込みを天気予報が宣言した夜のこと。

クラブハウスの一室、シャワー寒そうだなと呟いた達海の隣、ジーノが立ち上がった。

当然のように腕を引かれてドアマンよろしく愛車に導かれると、見慣れた高層マンションに着いていた。


「んーー、あーー?」


タオルも着替えも持っていくから、あったまっておいでよと脱衣所に案内されたのが先ほどのこと。


「…イタリア語だから舌巻いて歌うのかもな」

るー、るるるる、るー。


ジーノの小さな歌声を思い出すように口ずさんでみるが、どうも思うようにはいかない。

もっとゆったりとして、流れるようで、それでいて柔らかな響きだった。

もう一度、と息を吸い込んだところでドアの向こうで物音がする。


「タ、タッツミー…!?」
「ん、なに」


着替えを持ってきたのであろうジーノの声は、なぜか焦りに似た音を帯びていた。

ふと自分が歌を口ずさんでいたことを思いだし、急に気恥ずかしさを覚える。


「タッツミー、大丈夫?」
「は?なにが」


磨りガラス越しのジーノの影がこちらをうかがうように、落ち着かなさそうに揺れる。

てっきり歌をからかわれるのかと思っていた達海は拍子抜けして聞き返す。


「…だって、心配したんだよ」
「なんで」


小さく開けられたドアから眉根をよせたジーノが顔を出した。

顔を見て安心したのか、しだいにいつもの表情に戻っていく。

髪をかき上げ、口元には笑みが浮かぶ。


「よかった、浴室からうめき声が聞こえたから何事かと思ったよ」


瞬間、達海の顔から色が消えた。

うめき声、とジーノの言葉が頭の中で繰り返される。


(俺はお前が歌ってたうたを、口ずさんでたつもりだったんだけど)


うめき声、ね。


不穏な空気を感じ取ったのであろうジーノが何かを言おうとしたが、口を開いたところで後の祭りだ。


「タッツミー、もしかして」
「あー、ちがう、全然ちがう」


ジーノの声を遮るように首を振り、湯舟の中で両手を組んで手の平の中に湯をためる。

こぼれないように素早く手を出し、狙いを定めて力をこめた。

目を丸くしたジーノのシャツに水鉄砲が命中する。


「ちょっと、タッツミー!」
「いいよ、お前も入っちゃえば」


濡れたシャツをうかがうジーノの少し乱れた髪に目を留めて、達海は再び手を組んだ。


(それにしても、俺そんなに音程ひどかったのか)


頭の隅で考えながらも、バツと称してジーノに歌ってもらおうと企み、達海はニヒヒと笑った。



fin.


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