歌が満ちる




のんびりクラブハウスにやって来る朝、練習あとのロッカールームを後にする廊下、部屋で勝手にくつろぐとき。

ジーノは歌を口ずさむ。

時おり聞こえる声を拾ってみるが、どうやら日本語ではないらしい。

イタリア語、なのだろうかとは思うものの達海はいまだにそれを尋ねたことがない。


その歌を耳にするとき、たいてい眠いからだ。


「―――、――」


今も聞こえてくる。

机にうつぶせになった背中に、温もりが伝わる。

毛布でもかけてくれたのだろうかと、眠さでぼんやりした頭で考える。


「んー…」


せめて顔くらい見てやろうと思い、机に張り付けた頬を離して左を向く。

薄目を開けた先に、ジーノの姿がうかがえる。


「タッツミー、起きたの?」


あぁ、ちくしょう。歌がやんでしまった。

こちらに目を向け、手にした雑誌を脇へおく。

近づいてきて、しゃがみこみ、耳ごと頬を手の平に包み込まれる。

ゆっくりと、焦点が合わなくなるほど距離が近づく。


(……この野郎)


「ふふ、なんだ。気のせいかな」


離れた唇を舌先でぺろりとなめて、ジーノの口角が小さく上がる。

髪を梳くように指を差し込み、ゆっくりと流していく感触。

地肌を指がなぞる動きに背中が跳ねそうになるのを、なんとか堪えた。


「――、―――」


ジーノが立ち上がり、ベッドに腰を下ろす。

なにを企んでいたんだっけと思いを巡らせる一方で、もういいだろうと睡魔が呼びかけてくる。


いつどこで、どんな顔でジーノが歌をうたっていたとしても、あまり変わりがないように思えた。

そんなこと決して本人には伝えまいと心に決めて、達海は眠りのなかに瞼を閉じた。


(あんな嬉しそうな顔してんなら、なんかもう、いいや)


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