お前んじゃないってば




「いらっしゃいませー」


明るい店内と軽快な入店音。
店員の声が聞こえたところで、はたとジーノは我に返る。
つい足を向けたものの、コンビニで特別買い物がしたいわけでも時間をつぶしたいわけでもない。
どうしたものかと考えるが、このまま出ていくと言うのもなんとなく気が引ける。
とりあえず一周してみようかと、ジーノは店内を見渡した。


ガラス越しの棚には期間限定や新発売などの文字が踊る、さまざまな飲料水が並ぶ。
ラベルを眺めながら気に入りのミネラルウォーターを見つけ、ガラス戸に手をかける。


(…あ)


ふと目に留まったのは隣、ジュースの缶が並ぶ棚。
斜めに書かれた白いロゴ、赤とも紫とも形容しがたい目を引く色合い。
それを愛飲する人物が思わず浮かび、ジーノは通路に置かれたカゴに手を伸ばした。


「ありがとうございました、またご利用くださいませー」


レジ係の定員に明るく見送られ、背中で閉まる自動ドアの音に思わず空を仰ぐ。
大きく膨らむ白いビニール袋の中に、自分のものはミネラルウォーターただひとつ。
なぜか幅をとるのは赤紫の缶と、新発売と記されていたスナック菓子と、棚の低い位置に並んでいた駄菓子。
自分が好んでいるわけでも、食べようと思ったわけでもないのに手にとってしまったそれら。
おかしな癖がついたものだと苦笑いして、ジーノは駐車している愛車のもとへと歩きだす。


めずらしくデートの約束もない、心穏やかな休日の午後。
のんびり過ごそうと思っていたんだけどなぁと首をかしげながらも、今日の予定は変更されつつある。
たとえば同じように、自分が好きなものを用意して。
約束のない休日を過ごすことを、待っていてくれたなら。


(タッツミー、いるといいんだけど)


その足取りは本人も気づかないほどわずかに、軽やかに。
―――


歓声が、やけに響く。


画面越しのピッチ、転がるボール、沸き上がる声援。
達海はテレビの音量を絞り、はてと首をかしげた。
特に接戦というわけでもない敵チームの試合風景、いつもと同じボリューム。


練習オフの日であっても、達海の頭の中はフットボールで溢れていた。
クラブハウスの一室である自宅兼監督部屋。
部屋を見渡せばあることに思い至り、それに気づいた口から思わず唸り声がもれる。


書類が積まれるテーブルにちょこんと置かれたジュースの缶。
隣に空いたスペースがいやに目につく。
練習日であろうと休日であろうと、ふいにやって来ては勝手にくつろいでいく変わり者が頭をよぎる。
この静けさが普通であることを今さらのように思いだす時点で、相手に知られたら笑われてしまうだろう。


「…あほらし」
「なにがだい?」


重なる声にギョッとして、達海は慌てて振り向いた。
お約束のようにドアにもたれ掛かるジーノと目があう。


「びっくりした?」
「…した。お前、心臓に悪い」


ジーノは笑いながら歩みより、持っていたビニール袋をテーブルに置いた。
コートを脱いでベッド脇にたたむ。


「…えええ」
「は?なに」


眉根をよせるジーノの視線の先には飲み途中である赤紫色の缶。
しばらく黙ったままであったが、ため息をついてジーノは肩をすくめた。


「タッツミー、ボクのミネラルウォーターある?」
「は?…ないよ。飲みたいなら買ってくれば」
「……」


達海の言葉によりいっそう皺がよる眉間。
ジーノは袋からミネラルウォーターのペットボトルとジュースの缶を取り出し、あーあ、と呟いた。


「どうしようかなぁ、ボクはこれ飲まないんだけど」
「………ジーノ」
「なーに」


ボク格好悪いなぁと自嘲しながら応えたジーノに、達海は機嫌良く笑んで手を振る。


「俺そんなに飲めないから、医務室の冷蔵庫に入れといて」
「…もう、わかったよ」


立ち上がり際にビニール袋を押し付けて、これもお土産だよと言い置きジーノは歩いていく。
中を覗き込めば、達海が好きな菓子類がならぶ。
選手であるジーノは当然のように、普段食べないもの。


「あーあ」


顔を手で覆い、達海はおもわず苦笑した。
肩透かしをくらったであろう王子様をからかってやろうとも思うのだが、おそらくそれは無理だろう。


「タッツミー!」


声とともに廊下を小走りにやってくる足音が聞こえる。
冷蔵庫の中で冷やされていたペットボトルを見つけたジーノが笑顔でやって来るのだろうと想像し、肩をすくめた。


室内の空気がいつものように弾けていく。
達海は手を伸ばして、テレビの音量を見慣れた数値へと上げた。



fin.

苦し紛れに題字を呟いて!


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