くるりと右手に持ったシャープペンシルを回せ……はしなかった。
自覚はしているが不器用なものでカツンと机に落下し音を鳴らす。
いけない、音源になった自分を貫く教科担任の視線を感じて心の中でそっと謝った。
毎週恒例の小テストは金曜日の食後。5時間目。
カンニングを疑われない程度に前方を見渡すと、やはりゆらりと今にも眠りそうに揺れる頭が多数。
かくいう自分も同じでかなり眠い。
テスト自体は解き終わったが、眠ってしまい点数を引かれるとまずいのでシャープペンシルでも回して暇を潰そうとし失敗したのが冒頭だ。
食後というのもあるが、昨夜の魔法少女作業でドジを踏んでしまい普段より床に就く時間が遅かったせいだ。
思い出すと恥ずかしい。
全く知らない男性に衝突した挙句乗り上がり顔面に股間を押し付けてきてしまった。
ぶつかりに行ったのは自分だというのに唖然としたままの男性を放置して急いで逃げ帰った。
息を荒げていたのが気になったが見るからに疲れきったサラリーマンで。
そんな彼が男の自分の股間に顔面を埋めることになってしまっただなんて本当に哀れだ、と他人事のように考えているとチャイムがなった。
小テストが終わり、教室のあちこちでそれぞれが身体の力を抜く中、最後列の自分は後ろから解答用紙を集め教科担任に渡し、ようやく大きく息を吐くことができる。


「名護乃〜手応えあった? 俺、後半が自信なくてよ……」

「どーだろ? 昨日あんまり勉強時間が取れなかったから微妙かな」

「お前最近いつもそんな感じだな……大丈夫か?何か危ないことやってるんじゃないだろうな?」

「えー、名護乃くんはあんたみたいなむさい男じゃないんだから大丈夫でしょ」

「んだと」


あと1時間で今週の全ての授業が終わる。今週から解放された僕らは来週に向けて、休日は課題と戦いつつじっくり身体を休める。
半ば現実逃避をする僕を挟んで目の前で始まった痴話喧嘩を今日も元気だなーと平和だなーと見送る。
心なしか生温かいクラスメイトの視線がつらかった。





◇◆◇◆◇





「……ただいまー」


声が返ってこないのは分かりきっていたことだ、今更何も感じることなんてないはずなのに。
姉、名護乃アイリはちんまりとした食卓テーブルに、腕を枕にして眠っていた。
ちょうど夕日が彼女を包み込み暖かそうだ。
だが、起きていようがいなかろうがいのりの声に反応することはなかっただろう。
このままでは風邪を引きそうで、彼女のお気に入りのふんわりと温かな水玉のブランケットを身体にかけてやりながら思う。
姉は自分を認識していない。
3年前、ちょうど自分が9歳だったときだーーその日も確かにいつも通りだったのに、久しぶりに登校した中学校から帰宅した姉は、自宅にいたいのりを無視した。
無視をされたと、そのときは悲しくなったのだが次第に異常に気付く。
全く合わない視線、届いているとは思えない声、触れても反応しない身体、判断材料はそれだけで十分すぎた。
昔から姉を腫れ物扱いしていた家族は気付かなかったようで、数日で二人で暮らすことを決め、それは簡単に実現出来た。
姉を、名護乃で落ちこぼれの自分を遠くへ。それも落ちこぼれの意思で追い出すことができるからだ。
ふと鏡を見ると、やはり相変わらずの姉に似た女顔が写る。
そうだ、落ちこぼれだ。魔法を使えないのだから。
名護乃は代々、伝説のように語り継がれてきた"魔法少女"を排出してきた家だ。
名護乃では魔法少女は現実で、だから産まれてくるのはほとんどが……9割近くが女だ。
その9割から振り落とされたのが自分で、女でないだけで魔法が使えない。
魔法を使えない魔法少女など魔法少女ではないのだろう。
現に自分は家で魔法少女だと認められたことはないし、女になりたいわけじゃない。
魔法を使えなくたって……僕は魔法少女になりたかった。





姉の服を自分に合わせながら、にっこりと可愛らしく見えるよう微笑む。
そこに写るのは先ほどの女顔ではなく"少女"
そうしたのは自分だというのに、あまりに自身の性別も決意も無視したその姿が可笑しくて笑えた。
ああ、そうだ。課題を片付けなければ。
またあんな痴話喧嘩に巻き込まれることになるのは、あの二人のことは嫌いではないが少々苦手だった。
しかし何故か、いつものように机に向かうのではなくソファへ腰を降ろす。
自分では分かっていないだけで友人に指摘された通り相当疲れが溜まっていたのだろうか。
少しだけ……季節のせいか冷えた空気にぶるりと震え、だがそのまま目を閉じてしまった。
姉の服に顔を埋めながら。








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