「はぁっ…はぁ……っ! ふえぇっこんなにいるなんて聞いてないよお〜〜!」


僅かに月光の指す、しんとした路地を駈けて行く影があった。
桃を基調としたナース服に星のついた可愛らしいステッキ。
10人に聞いて10人が魔法少女であると答えるだろうーーそれが存在するかしないか、個々人の認識は別として。


「これくらいの雑魚スライム相手ならいつもストレス発散にボコボコ殴ってるじゃないですか」

「うるさいなあ……今日はか弱い魔法少女な気分なんだよ!」

「……ついてるくせに」

「うるせえ」


気のせいだろうか、少女の隣にはうにょうにょと形を留めない生き物がいた。
じっと直視してはいけない気がする。
それを睨みつけながら、可愛らしくぷんっと頬を膨らませた少女はきゅっとステッキを握り直し振りかぶった。

「アホ毛持ってるやつはいねえがああああああああっ!!!!」

「なまはげかよ」



◇◆◇◆◇



その日もいつものように残業に追われ、日付の変わる頃に帰路につくことになった。
もちろんサービス残業だ、異常に作業が早く定時にはさっさと帰って行った同僚が妬ましい。
連日の疲れによってこきこきと鳴る肩を回しながら少しだけ足を早めた。
自宅の炬燵と風呂が恋しい。
今日はバスアハンを入れよう、香りは蜜柑がいいだろうか……昔の仕事後の癒しはゲームやカラオケだったのに、比較して思考が爺くさくなったようで悲しくなった。
そう、早く帰ってしまおうと急いでいたのだ。
路地の向こうの暗闇でドタバタと騒ぐ高い声を聞くまでは。
今までの経験から考えると十中八九録なことではないだろう、なにせこの時間、何かと物騒な話題の上がるこの通りだ。
しかし先ほど聞こえたのは噂に聞くむさ苦しく喧嘩っ早い男の声からは程遠い、高く女性的な声。
年齢がイコールで彼女いない歴の自分にでも分かる。
これが女性のピンチなのか決めつけていいのか、いやピンチということにしよう。
疲れ切ってこんな思考になっているのかもしれないがピンチでもピンチでなくても、はたまた彼氏とはしゃいで歩いている女性ーーリア充爆発しろ
仕事仲間にお持ち帰りされている女性なのかもしれない。
何にしろ女性を一目見るだけでも疲れが取れる気がするのだ。
女性(3D)はDを一つ失う(2D)ところから始まる、と普段から主張しているがこの際3Dでも2Dでもいいではないか!
そのやたらと作業の早い同僚の言うようこれだから童貞なのだと、お前はホモにでもなるつもりなのかと、まあそのときは自分がもらってやると……いや思い出さなくてもいいことまで思い出してしまった。
とにかく一目見よう、完全に本来の目的を忘れながらも鼻息荒く足を踏み入れ……

突然の突風に襲われた。
舞い上がる砂埃と小さなゴミに塗れ当然目を瞑る。
そして


「わぁあああああどいてどいてぇえええええええ!!!」

「はぁ?!??」

どすんっと腹部に痛みと重みを感じる、ふと浮かぶのは王道のシチュエーション。
先ほどの鈍い音に反し腹の上のその人はだいぶ軽い……が、顔に当たっているこれはなんだ、ふにふにと鼻にあたるそれ、女性にはついていないもの。
一瞬で冷静になり自分の状態を確認する。
視界に入るのは水色の縞のパンツ、そしてピンク色のナース服、股間でもぞもぞと動く薄い金髪頭、自分へ衝突し乗り上がったその人の悲鳴はこの路地へ足を踏み入れるきっかけになったあの高い声で……。


「わぁああ!こんばんは!あなたの街のナースエンジェルいのりんです!」


だが男だ。








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