06





右翼索敵が壊滅し、総員の撤退が決定した。
それに伴ってエルヴィンから右翼索敵の生存者確認を任されたリヴァイはその役割を自らに命じる上司に疑問を持ったが、右翼索敵にはリーナが配属されていた事を思い出す。ただ前だけを見据えて馬を走らせるこの男はリヴァイだからこそそれを任せた訳であって、まだ希望を捨ててはいないらしかった。


「ハンジ!
右翼索敵の生存者の確認に行く・・・お前の部下の馬を連れている奴らも連れて来い!」

「おっけー!」


宜しく頼む、とらしくもなく覇気の無い声で呟くエルヴィンの表情はまるで一つの可能性に祈り縋っている様だった。
それには一瞥をくれるだけで返事はせずに手綱を引き陣形を抜けると、ハンジとその部下も遅れる事無く付いて来る。即座にスピードを上げ、数十分前に黒い信煙弾が上がっていた場所へ向かった。


道中全く巨人に遭遇すること無く黒く着色された煙が未だ僅かに漂う地点まで無事辿り着いたが、そう事が上手く行く筈も無く、5km程先に今日も既に何体も見た様な影が見える。恐らく四体、通常種だろう。
そう分析し進路を変えるべきか思案しようとしたのも束の間、眺めている先で一体が地面に吸い込まれるように倒れていった。



「ねぇ、あれ・・・」


並走しているハンジがそれ以上言葉を続けることはなかった。目を見開きこの世の物とは思えないものを見た様な表情をしている。
周りの部下からも、うそだろ、ありえない、あいつは、と口々に驚きの声が漏れる。
そこに近付くにつれて明らかになる状況に、誰一人例外無く皆が我が目を疑い、愕然とした。


巨人と巨人の間を赤いものが飛び回っている。その軌道を先行するワイヤーも見える。立体機動装置だ。
身のこなしも軽く相当なスピードがある。

赤い鳥が、巨人の間を縫って飛んでいるようだ。後ろの青い空も手伝ってか余計にそう見える。
項を削ぎ落とされ倒れていく巨人を蹴って、また次の巨人へと斬りかかって。しかしその間にも血飛沫は上がり、その光景本来の猟奇さを有り有りと思い出させる。

あの赤は血だ。たっぷりと吸い取った髪はその本来の金色が隠れてその輝きも今は見えない。あの独特の重力を感じさせない立体起動。まだ母には到底届かないながらも譲り受けた才能の片鱗が垣間見えた。
訓練時よりも遥かにスピードが速いがあれが本来持っている力なんだろう。




「リーナ!」





最後の巨人が倒れ、遅れて全員がその脇まで辿り着いた。
巨人の死骸から立ち上る蒸気で視界が悪くあまり良くは見えないが、その上に降り立ったリーナはただ立ち尽くしているようだ。呼んだ声も聞こえていないらしい。



「リーナ!大丈夫!?
血まみれだけど、怪我は!?早く手当を!」


ハンジが叫んだのに反応してかその口元が僅かに動いた様だが声は聞き取れない。
するとぐらりとその身体が傾いた。踏ん張る為に出したらしい足も巨人の腹の脇で滑り、地面に向かって落ちていく。
ほぼ反射的に腰を浮かせトリガーに指を掛けた。
あの、馬鹿。


「リーナっ!?」

叫んだハンジの声が後ろから届く。死骸の腹目掛けてアンカーを刺して巻き取り、風を切る様に距離を詰め落ちるリーナを受け止めた。
ずり落ちそうになる身体をしっかりと抱きかかえ、そのままゆっくりと地面に降りる。抱える手に力を入れる度に血で変色したマントがぐちゃ、と嫌な音を立てた。
雑巾の様に絞れそうなそれに思わず顔を顰める。しかし巨人の血液なのか、少しずつ蒸発してはいる様だ。

腕の中で小さく唸っているのが聞こえる。
意識はあるらしく、ゆっくりと開かれた虚ろな目に自分の顔が映った。



「・・・リ、ヴァイさ・・・」

「おい。血まみれだが、怪我は」

「だ、いじょうぶ、です・・・かすり傷、だけで・・・」



「さすがリヴァイ!!
よかったー本当に焦ったよ!さあリーナ、この馬に乗って!」



「馬には乗れそうか?」

「たぶん、大丈夫、です・・・」



リーナを抱えたまま予備の馬の前まで連れて行き血塗れのマントを剥がして降ろしてやると、そのままふらふらと馬に乗ろうとする。その横でマントを馬の装具に括りながら見守るも、鐙に足をかけ踏ん張ったところですぐに力が抜け、そのまま馬へと凭れ掛かってしまった。それを二、三回繰り返すが一向に乗れる様子はない。


「おい、乗れねえんなら最初から言え。
そんなんじゃ手綱も握れねえだろうが」

「す、すいませ・・・」


余程疲弊したのかすっかり力の抜けた身体をもう一度肩に担ぎ、自分の馬まで運ぶ。先に鐙に足をかけさせ、下から身体を支え半ば投げる様に押し上げて無理矢理跨らせた。
しかし真っ直ぐ座っていられないらしく、馬の首に体重を預けて弛緩している。その後ろに静かに飛び乗って手綱を握り、その腹辺りに腕を差し入れて上体を起こさせた。ひっ、と情けない声がする。
そのまま頭に手を添え胸元に寄りかからせるように引き寄せた。


「馬が走れんだろうが。寄り掛かるならこっちにしろ」

「へ・・・あ・・・ご、ごめんなさーーー
あ、でも、よごして、しまいます」

「構わねえから大人しくしてろ」


周辺に生存者は見つからない旨遺体を回収し終えたハンジの部下から報告を受け、共に本隊に合流する為に馬を走らせた。
後ろについて走るハンジの部下達は依然説明して欲しそうな顔をしている。
それもそうだろう。今の今まで名前も知らなかった様な女が目の前で、単独で次々と巨人を倒していたのだ。それも、目を見張る様な立体機動で。



「エルヴィンの読み通り・・・なのかな」


リーナをゴーグルのレンズ越しに優しい眼差しで見つめるハンジの表情は複雑だった。リーナ以外の班員を失い、代わりに新しい戦力を発掘したのだから、当然といえば当然の反応。

しかし奴も俺と同じ事を思い浮かべているだろう。可能性は未知数、遥かに上回る力があるとしても可笑しくはない。


「親子はやっぱり、似るんだね・・・」









190522修正


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