04





リーナの立体機動装置は予定通りの日数で修理から戻っており、リヴァイが訓練場でその姿を見かけた時には以前より無駄無く飛んでいて、ここ数日で更に力をつけている事は明白であった。
遠征は明後日に迫っている。
リーナの所属する例の班は相変わらず作戦、連携、とは口先ばかりの様で、脳味噌の中は自分が如何に生き残り出世するかのみなのだろう。班員全てがそうなのだから、そこにリーナが着いて行ける筈がなかった。作戦内容も碌に教えていないようで、それではそもそも連携などあったものではない。将来有望なリーナが邪魔で死んでくれれば助かるとでも思っているのだろうか。
リヴァイは内地を見ているようで吐き気がする思いであったが、他の兵団にもそういった類が大勢いるのは事実であった。

それに加えエルヴィンとハンジの言うところによれば、どうやらその班の訓練成果報告書はリーナが書いているらしかった。本来ならば班長が訓練の概要や結果、各班員の批評等を詳らかに記し一週間以内に提出するものである。提出しに来るのはいつも必ず班長であったが、中身の筆跡が明らかに違うそうだ。そして必ず訓練の次の日には提出しに来るらしいが、提出される前日の夕食や提出される直前の食事の時間、リーナは必ず大幅に遅れて来ていた。それでいて他の日は食堂が一番賑わう時間帯に来ているのだから、規則性があり怪しい。ならば班長が面倒な書類をリーナに押し付けていると見るのが妥当であった。
エルヴィンの方で幾度も牽制しているようだが効果は薄いようで、それは班長の狡猾な計画によるところでもあった。筆跡についての言及に備えてか、毎度指や手、腕に治療を受けたことを明らかに示しながら提出に訪れる。医療班の履歴には捻挫や打撲の履歴が必ず残っており、その辺りまで抜かりない。怪我をしたので代わりに班員に書かせましたと匂わせておき、万が一追求されたとしても正当な理由を用意しているのだ。何とも回りくどい事をするものだとリヴァイはもはや感心していた。リーナを目の敵にしていても、使える時には自分の出世の肥やしとして搾り取りたいのだろう。

リーナに実力があるのは訓練を見ていれば一目瞭然である。実際、彼女は訓練兵団を首席で卒業しているのだ。しかしそれが周囲に認知されていないのは、その年の調査兵団に入団した新兵が極端に少ないことが一つの原因であった。その年はリーナを含め入団した新兵は三人。元々訓練兵自体が少ない年度だったのだが、それを考慮してもやはり少ない年であった。そしてリーナを除く二人は初陣で散り、今となっては訓練兵団を視察した幹部以外に彼女の実力を知る者は殆どいない。
二つ目の原因は、リーナはそもそも壁外調査で巨人と対峙した経験が少なかったことだ。討伐数も補佐のみで、一桁だけ記録があった。その班はいつも大抵荷馬車での運搬や荷馬車護衛に回っていて、幸運にも巨人との戦闘は最小限に留まっている。慣れとは恐ろしいもので、表面上緊張感を取り繕ってはいるが、自分達は巨人共に殺される恐怖と隣り合わせなのだという実感が他より足りていないのは明らかである。だからこそ今回も、索敵班だというのにリーナを訓練に参加させないなどと自分の首を絞めるような暴挙をやってのけた。班長もリーナを失うのは不本意であるだろうにおかしな事をするものだとリヴァイは理解に苦しんでいた。
そうして訓練での活躍も度々阻まれ、巨人との遭遇数も少ない。故にリーナが実力を存分に発揮した場面は極めて稀だった。


リーナの母親ーーーサラは、団員皆に慕われた分隊長であった。特にハンジはべたべたに懐いており、抱きついてくるハンジを困ったように笑いながら引き剥がす彼女の姿は未だリヴァイの記憶に鮮明に残っている。エルヴィンとは同期で同じ年、実力も拮抗しているとあって特に仲が良く、若い頃から二人は周囲から浮くほどの実力の持ち主であった。
団長を決める時には二人で多少揉めたという昔話もリヴァイは耳にしていた。サラは当時、自分には務まらないからエルヴィンがやってくれ、の一点張りで初めから譲らず、話し合いすら応じないでエルヴィンがそんな彼女に何とかその場を設けさせるのに四苦八苦したというもので、リヴァイはそれを聞いた時には思わず溜息を吐いた。
サラはそういう人柄だったのだ。実力はあっても要職には就きたがらない。分隊長に就任させるのも周りが随分苦労したのだった。

彼女曰く、戦えればそれでいい。戦うために生きている、という印象を与える兵士だった。立体機動の名手で、その様子は空を舞うという表現が一番合う。それに加え討伐実績も一二を争う実力者。
しかしそうかと思えば子煩悩で娘をこれでもかというほど溺愛し、旦那とも仲が良く家族思い。リヴァイはエルヴィンとハンジに連れられて何回彼女の家を訪れたかもはや数えてはいなかったが、その度に延々と娘の可愛さを説かれた事は嫌でも思い出せるほどであった。
その娘が訓練兵団への志願を夢として語りだした時には、初めてサラが弱さを見せた。憧れてくれるのは嬉しいんだけど、と喜びや戸惑いや不安の混ざった表情で笑っていたのだ。


そして843年ーーー兵団史上最も生存者の少なかった遠征。サラは部下を助ける為に自らの命を懸けて奔走した。一人また一人と助ける毎に負傷し、文字通りその身を削りながら。助けられた兵士の報告によると、最後の一人を助けた瞬間にはもう刃を握る事すら困難になっていたらしい。

『娘を・・・リーナを、これからも見守っててあげてほしいの。縁起の悪いことを言うようだけど、人はいつ死ぬかわからないから』

そう言い残して壊滅状態の分隊に突っ込んで行き、結果彼女は戻らなかった。リヴァイが駆けつけた時には、薬指に見慣れた指輪が嵌まる白い左腕が落ちているだけ。何とか回収して撤退し夫に渡すことは出来たものの、その夫もすぐに亡くなってしまった。後に聞いたところ、自殺だったという。娘であるリーナを置いて、二人とも先に逝ってしまったのだ。

これからリーナはどう成長するのだろう。あの立体機動装置といい報告書といい、班ではひどい扱いを受け、今にも折れそうに見えた。
エルヴィンから彼女の班を索敵にすると聞いた時には驚いたものの、まあどの班も遅かれ早かれいつかは必ず索敵を経験するのだ。そこに異論はなかった。しかし自分達の出世が優先な班員達は気が付かない。その采配に、リーナが手柄を立て生きて帰ってくるならば、というエルヴィンの思惑があることなど。





コンコン



「やあリヴァイ!
あれ、爽やかな風に吹かれながら考え事中だったー?」

「返事もしない内から入って来やがって」

「ごめんごめん!
でさ!さっきエルヴィンから聞いたんだけど、リーナがリヴァイの班になるかもしれないって本当!?」

「生きて帰ってきたらな」

「そんなこと言わないでよー・・・
大丈夫。リーナは絶対生きて帰るよ。信じて!」

「・・・何故俺を励ます」

「理由がいるかい?」

「・・・用はそれだけか?さっさと帰って溜まった報告書を書けクソメガネ」

「はいはーい。
ああそうだ。立体起動装置の件、目撃者がいたって」

「エルヴィンはどうするつもりだ」

「もちろん、洗いざらい吐かせて然るべき処分を下すらしいよ。
・・・無事彼らが生きて帰ってきたらになるけれど」

「・・・そうだろうな」









190716 修正


back