02


「すみません、昼食をお願いします」


昼時からずれた食堂は閑散としていて、非番なのか私服を着た男性が2人、隅の方に座っているだけだった。確か今日は昨日訓練をしなかった残りの班が訓練で出払っているのだ。今回は大規模なものだから、食堂に人が少ないのも納得が行く。
昼食のトレーを受け取り、窓際の日がよく差し込む席に座った。窓の向こうは雲一つない快晴。爽やかな風がふんわりと優しく舞い込んでくる。
昨日はどんよりとした曇り空だったから今日が訓練だと良かった、とリーナは小さく息を吐いた。


「飛びたい、な・・・」






「ここ!いいかな?」

「へっ!?」

「遅いお昼ご飯だねー、また忙しかった?」

「は、ハンジさん!お疲れ様ですっ!」


音もなく眼前に突然現れたハンジに驚き身体を跳ねさせたリーナは隣に座ろうとするハンジを見て慌てて立ち上がり窓際を譲るが、むしろここがいいのだとやんわりと断られる。
遠慮がちに座り直したリーナのすぐ横に腰を下ろしたハンジはスプーンを手に取りスープを一口啜ると、あ、と思い出した様に口を開いた。


「そういやぁ、リーナは昨日も快調だったね!」


スプーンを置きパンを手に取ったハンジがリーナにとびきりの笑顔を向けると、それに反してリーナがみるみる内に表情を暗くする。入団から3年が経っても未だに班に馴染めない不安や訓練時の度重なる失敗から完全に自信を喪失し褒められた言葉をもすんなり受け入れられない為で、リーナに向けて意地の悪い嫌味など吐かないハンジの口から出た純粋な裏の無い言葉でも、こっぴどく叱られたような顔をして俯いた。


「ごめんなさい。ほんと、役立たずで・・・.」

「えぇ!?何でそうなった!?
違うよ褒めたんだよ!?」

「いえ、昨日も先輩の補佐すら満足に出来なくてもう、本当にーーーー」

「ああもうっ相変わらずだなぁ!
リーナはすごく良かったのに!」



「その通り。
まぁ謙虚なのは良いことだがね」

「え、エルヴィン団長っ!」


いきなりの事でまたも驚いたリーナだが咄嗟に立ち上がり敬礼のために右手を握る。しかしすぐにそれを大きな手が優しく包む様にして制した。


「今は誰も聞いていないだろうし、昔のように呼んでくれないか?」

「そ、そんな」

「それより、昨日は本当に良かったよ。
リヴァイもしばらくじっとリーナの様子を見ていた」

「い、や・・・まさか、そんなことは」

「もうっいいから素直に受け取っときなって!
それにリヴァイ、睨んでる感じではなかったし、良い意味で見てたんだと思うよ!」

「・・・もしそうなら、嬉しいです」


不安げにしていた顔が綻び、本来の柔らかさを取り戻す。
2人が心からの笑顔と共に贈った偽りの無い言葉は、先輩との連携もまた失敗した、あの戦闘が本当の巨人との戦闘だったら、また足を引っ張ってしまった、と真剣さを通り越しネガティブな方向にばかり進んでいた今のリーナにとって、未だ報われた試しのない努力に対して抱えていた不満を一挙に吹き飛ばす程のものであった。
それに加えてリヴァイの件がもし本当であるならば、彼の評価の目が厳しい事を理解しているリーナにとって大変に喜ばしい事である。理解しているからこそやはり信じ難くもあるのだが、目の前の2人の声音や表情が堂々としている事がもしかしたら本当に・・・という希望を持たせた。





「ちょっ、え!?な、泣かないで!」

「え・・・?」


ハンジの冗談とは思えない焦り様にリーナがぺたっと自らの頬を覆う様にして両手を当てる。驚いた様子ですぐにそれを離し慌てる頬には、陽の光を受けてきらりと光る筋が走っていた。


「っごめんなさい!気が付きませんでした」

「何かあったのか?私で良ければ聞かせてくれ」

「うん、私も聞くよ?どうしたの?」

「いえ、あの・・・そんな風に褒めて頂けたのが、すごく、嬉しくて」

「リーナはもっと自信を持っていい。
本当に素質があると私もハンジも思っているし、他にもそう思っている者は多い筈だ」

そうリーナに言い聞かせながらその頭を撫でてやったエルヴィンは、どこまでも謙虚な彼女を寂しさを滲ませた微笑みのまま見つめる。
頭を撫でてもらうのは久し振りだと喜びを隠さずに頬を緩めるリーナは、母と仲が良く幼い頃から常に優しく接してくれた目の前の2人に改めて感謝し、自信が無いのなら今以上に頑張ってみなければ、と前を向けるまでに癒されていた。


「エルヴィンさん、ありがとうございます!
もっともっと訓練に励みます!」


歯を見せて本当に嬉しそうに笑うリーナを目の当たりにしたエルヴィンは、爽やかに微笑みながらその胸の内で密かに嘆いた。いつからかどんどんと謙虚に、悪く言えば及び腰になってしまったと。そしてその原因には心当たりがあった。



「遠征も近いからねー!期待してるよリーナっ」

「えっ・・・次の日程、決まったんですか?」



「・・・あああああ!うーんもう帰ろうかなあ!
じゃっ!リーナ今のはまだ内密に頼むよおおぉぉぉ!」

「は、はい・・・」


あからさまに挙動不審なハンジがどたばたと慌ただしく食堂を出て行くと、全く、と苦笑いしたエルヴィンも苦笑いを浮かべその後を追って食堂を後にした。
偶然次の日程が決まった事を知ったリーナは一人、静けさを取り戻した食堂で温くなってしまったスープを啜り思案に耽る。今回も自分の持ち場はあまり変わらず荷馬車周辺だろうが、それでも命の保障は全くない。索敵に置かれる兵などは尚更だ。
白い綿雲が混じってきた空を見上げ、どうか今回もより多くの人が帰還出来ますようにと、見えない存在に祈った。













































「どう思う」

「うーんそうだねぇ・・・.
私は依然として怪しいと思っているよ。昼食の時間にしてはかなり遅かったし。まあ、リーナがあの時間に1人で黙々と食べてることは結構あるんだけどさ。でもさっき、あの班長が提出しに来てすぐ私が食堂に行ったら、リーナも来たばかりみたいだった。
疑いだすと切りが無いよ・・・で、そっちは?」

「ここ数年のものを全て調べてみたら、リーナの加入時期を境に筆跡が変わった事が判明した。リーナ自身が記入した入団時の提出物にある筆跡とほぼ同じと見える。1人の筆跡があれ程まで変わるとは思えないほどの明らかな差だ。流石に決定的だろう」

「あの班は訓練も少し気になるからねぇ・・・
入団当時は仕方ないけど、あのリーナがいつまでたっても足引っ張ってるなんて、ちょっと信じられない。私が贔屓目に見てるのかな?」

「いいや、私もそう思っている。
近いうちに証拠を掴まねばな」

「やれやれ・・・」










190522 修正


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