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「そういえば最近"対人"やってないよね」


カラッと良く晴れた日の朝、朝食を終え紅茶で一服する面々にペトラが何の気なしに共感を求めて放った言葉。その言葉に男性陣も首を縦に振り同意すると、エレンが意外そうに皆の顔を見回し口を開く。


「調査兵団にも対人訓練はあるんですか?」


「壁外では立体機動の能力が命だが、対人格闘も兵士として身に付けて無駄な事はない。基本だからな」

「ふん・・・巨人相手のみならず、地上での白兵戦をも物ともしない集団・・・それが俺達調査兵団だ。覚えておけ」
「壁の中で格闘技術が必要になる事なんて、普通にしてたら滅多に無いんだけどね」


真面目に答えたグンタの言葉を受け口角を上げたオルオが得意気に語り出すが、それに半ば被せる様にしてペトラが発言した。三者三様の答えにエレンが忙しなく頷きながら皆を見回し、自分もと技術向上の意気込みを小さく呟く。



「なら今日の訓練はそれから始めろ。エレン、お前は俺の部屋から見学だ。
オイお前達・・・遊びじゃねえんだ死ぬ気でやれ。
・・・そういや今夜新兵勧誘式に駆り出される奴はまだ決まっていないんだったな」


今まで沈黙していたリヴァイの指示に弾かれる様に皆立ち上がり敬礼すると、エルドが全員分のカップをまとめて下げ、班員で揃って食堂を後にした。各々装備を整え、かつても訓練場として使われていたらしい本部裏の雑草が疎らな赤土の広場へと出るとリーナを囲んで訓練スケジュールを確認し、まず初めにこなす対人格闘について打ち合わせる。



「この班で対人訓練は初めてだし、組み合わせとは言っても難しいね・・・初めは背丈の似た者同士で組んであとは交代していくやり方でどうかな?」

「よし、なら俺とグンタ、お前達女子同士な。オルオは初め待機。
最終的に戦績悪かったヤツが新兵勧誘式のお使いだ」

「よーしみんな手加減無しよ!」


丸腰の戦闘と設定し、解いた装備は一旦水筒と共に纏めておく。組み合わせが決まったところでペア同士十分距離を取り、礼を交わしてから各々のタイミングで打ち込み始めていた。
土を踏みしめる音、腕と腕とがぶつかる音。会話は無く音だけが飛び交う。
オルオが装備を纏めた側の丸太に腰掛け二組の勝敗の行方を見守っていると、すぐに決着が付いたエルドとグンタが何やら言い合いながら水筒を取りにやってくる。そうしてしゃがみ込み水分を補給する二人とオルオとで女子二人の身軽な攻防を静観した。

右ストレートを放ったペトラの拳が空を切る。隙を見て打ち込んだ筈がさらりと躱されたそれに彼女が面食らっていると、その体があっという間に浮いてブーツの踵が空を切り、地面へと体側から着地して砂埃が舞う。浮遊感に反応して反射的に受け身を取った本人も何が起きたかすぐには理解出来ない程の華麗な一本背負い。リーナ自身の上背が無い特徴を生かし相手の懐に潜り込んだ、手本のような投げ技であった。暫くしても足払い等反撃が来ない事を悟ったリーナは真剣な表情を和らげ、慌ててペトラの体を起こさせる。漸くそこで我に返った様子の彼女は手を借りながらもしっかりと自分の足で立ちあがった。


「怪我してない!?大丈夫?」

「待って・・・本当にびっくりした。なに今の!」


自分の身に起こった事が信じられないと詰め寄るペトラにリーナは投げ技であることを説明するが、彼女は自分にも稽古をつけてくれと引かない。何とか訓練後の自主練習の約束に落ち着き、相手を組み直すべく皆自然と円になり集まる。


「おいリーナ、小さいのにやるな!次は俺が相手だ!」

「よろしくお願いします!」

「そうだな、なら・・・次オルオとペトラ組むか。俺は一回休むぞ」

「もうオルオと組むのは飽きたわ・・・いつも勝たせてくれないし」

「ペトラよ・・・俺はいつも手加減してやっているんだが?」

「なんですって!?来なさいよ、今日こそは吠え面かかせてやるわ!」

「ちょっ、ペトラ?口が悪いよ・・・?」





その後も幾度か相手を変え対人格闘の訓練に勤しんでいた五人の元へ、エレンを連れ立ったリヴァイがやって来る。各々の勝敗の報告を受け驚きを露わにするエレンとは逆にそうかとだけ頷いた彼は端に纏められた立体機動装置を見遣ると、全員にこれから出立の支度を整える様命じた。


「お前達の装置も憲兵団が取り調べたいらしい・・・数日は本部の方で過ごせるよう支度をしておけ。
式は全員で出張ることになりそうだな」


ほっと息を吐いたのはペトラである。一人ではないという安心か、無意識に出たものの様ではあるが可愛らしいその様子に他が静かに苦笑する。そしてリヴァイが十分後の集合を言い付けると全員が一様に姿勢を正し息の合った敬礼を見せた。
その後建物内へ消えていく彼らの背中を静かに見送ったエレンは、猛者と呼ばれるリヴァイ班にも睦み合う様な雰囲気が存在するのかとその意外性にぼんやりと思いを馳せ、語られている噂では想像もつかなかった彼らの年相応な素の姿を垣間見ると同時に、年上の幼馴染との年齢差を再会以来最も強く再認識する。
肩から荷袋がずり落ちそうになる感覚に我を取り戻したエレンは、紐を引き袋を担ぎ直すとリヴァイの背を追いかけ厩舎へと向かった。











「報告通り、って・・・当たり前だよな。俺達は旧本部にいたんだ、馬を使って往復してたら昨晩来ていたハンジ分隊長あたりに気付かれてもおかしくない」

「調査兵団の中には犯人はいないんじゃないかと思うの。いくら巨人が憎くても貴重な被験体だと分かっているはずだし、ハンジ分隊長はちょっと、あれだけど・・・でも大事な実験だって事は皆理解してるじゃない」


憲兵団による取り調べが終わるとリヴァイ班班員達は何事も無かったかのように解放され、今回の事件に関して憲兵の口から語られる事は一切無かった。文句を言いつつ五人がああでも無いこうでも無いと議論しながら本部の廊下を進んでいくと、前方突き当たりの角からリヴァイとエルヴィンが連れ立って現れる。他愛も無い話をしている様だがその表情は固く、すぐ後ろに控えているエレンは緊張からか少々顔色が悪い。
幹部ーーー特にこの二人が揃って突然登場すれば場の空気も一気に引き締まる。五人はピタリと話を止めると端へと避けて道を空け敬礼したまま二人が通り過ぎるのを待った。


「ここにいたか、リーナ。君にこの後の会議への出席を命じる。十五分後に開始だ」

「承知しました」

「会議中はエレンをお前達に任せる。訓練を見学させておけ。
おいエレン。大人しくしてろよ」

「は、はいっ」


エレンの背を押して班員達へ差し出したリヴァイは踵を返すとエルヴィンと共に再び歩き始める。ハンジは何処かと居場所を推測する二人の会話が小さくなり、角を曲がってその背中が見えなくなった頃、皆一斉に敬礼を解いた。早速今日の残りのメニューを熟すため訓練場に向かわんとする彼らに一言告げるとリーナは反対方向へと足を踏み出す。


「リーナ、後でな。会議頑張ってこい」


白い歯が覗く爽やかな笑みと共に掲げられたエルドの掌。リーナが擦れ違い様に腕を伸ばしてそれに応えると、皆も足を運びつつも小さく振り向き口々に激励の言葉を送る。彼らと同じ様にして礼を返すその顔も晴れやかで、死という暗闇と隣り合わせの中できらりと輝く恒星の様に、青春すら感じるひと時であった。
















190719


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