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「エレン、何か質問はあるか?」


話を振られたエレンはただただ目を見開いて、自由の翼を胸に掲げる三人を凝視していた。彼は目覚めるとすぐにエルヴィンよりこの三日間の出来事を聞かされ、それを静かに聞く間浮かんだ汗は拭われずシーツを握り締める彼の額や手の甲で玉の様に光った。一度俯き手枷を気にする素振りを見せると、再び顔を上げる。


「あ、あの!
ここは・・・どこですか・・・?」

「見ての通りだが、地下牢とだけ言っておこう。今、君の身柄は憲兵団が受け持っている。先程漸く我々に接触の許可が下りた」


エルヴィンが発した憲兵団という言葉に、睨みを効かせる見張りの兵をリヴァイがちらりと見遣り、一通り見つめた後目線を牢へ戻す。意味有りげな鋭いそれに気圧され大袈裟な程に肩を揺らす憲兵。


「これからどうなるんですか!?
俺と一緒にいた訓練兵は!?」


「話を聞いているよ。君の過去を知る者全てにね」


そう淡々と語るエメラルドの瞳とぶつかり、反射的に逸らして牢の中に目線を移せば、蝋燭の灯りを受けて不安げにゆらゆらと揺れる金色ともぶつかった。何か問う様にその眉間に皺が寄り口元が僅かに動く。
七年前、リーナはエレンやアルミンへ何も告げることなくシガンシナを去っていた。その記憶も以前までは思い出せずにいたもの。その時期以前の記憶は更に曖昧で、殆どが失われたも同然に思い出すことが出来なかった。当時立て続けに家族を亡くして独りになって酷く混乱しており、きっと告げなかったのではなくそこまで気が回らなかったのだ。リーナが消息不明の末兵士になっているなど、エレンもアルミンも考えてもみなかっただろう。



「これから我々がすることは、今までとあまり変わらないな」


そう告げるとエルヴィンがきらりと光を反射するものを取り出す。エレンに認識させる様に持ち上げ翳して見せた。


「君の生家、シガンシナ区にある家の地下室。そこに巨人の謎がある。
そうだね?」

「はい、恐らく・・・父がそう言っていました」


「お前は記憶喪失で、親父は行方知れずか・・・
随分都合の良い話だな 」

「リヴァイ。彼が嘘を吐く理由は無いとの結論に至った筈だ」


腑に落ちない様子のリヴァイには触れず振り返ったエルヴィンは牢へ注がれるライトグレーの瞳のその真っ直ぐさにはたと動きを止めたが、すぐに視線に気付いたそれとかち合った。ぎりりと強めた眼差しでその奥を見透かさんとする。


「リーナは何か思い出さないか?エレンも、リーナと再会して幼い頃の何かを思い出したとかは」


連れて来られたのはこの為だ、とリーナは合点が行く。確かに思惑通り、エレンと再会して七年前の記憶が少し鮮明になったと感じていたが、それはごく一部であってシガンシナを離れる時の事のみで、そこに関係のありそうな記憶は思い当たらなかったのだ。謝罪を口にして首を横に振れば、格子の向こう側のエレンも同様であった。期待していたのか否か、エルヴィンはそうかと頷くとそれ以上は聞こうとしない。


「まだまだ分からない事だらけだが、今すべきことは、君の意思を聞くことだと思う」

「俺の意志、ですか・・・?」

「君の生家を調べる為にはシガンシナ区ウォール・マリアの奪還が必要となる。破壊されたあの扉を速やかに塞ぐには、飛躍的手段ーーーー君の"巨人の力"が必要性になる。
やはり我々の命運を左右するのは巨人だ。"超大型巨人"も"鎧の巨人"も、恐らくは君と同じ原理だろう」



エルヴィンが述べた考察にリーナの胸がどきりと音を立てた。彼女の考察とエルヴィンのそれが同じ様な内容ということは、エレンの身の行く末も彼は考えている筈である。そしてそれは、エレンの家の地下にあるという地下室へ行き調査兵団が欲して止まない自由への手掛かりを手に入れる、その為にエレンもその力を使って協力してくれないかという提案であった。提案の体をなしてはいるが、協力しないとなれば人類に仇なす存在とされてしまう可能性もあり、その場合身の安全は保障できない状況である。
リーナが努めて冷静に話を聞く限りでは、エレンの父は失踪し全く行方が分からない様で、地下室に一体何があるのか具体的には分からない。だがエレンの記憶の限り父は、壁の外へと強く願うエレンにこの世界の秘密を教えると告げたらしかった。



「君の意志が"鍵"だ。この絶望から人類を救う"鍵"なんだ」


そう言い聞かせる様に念を押されるとエレンは何事か呟きシーツの中の身を縮めた。覗いた上半身は小刻みに震えている。それは恐怖からくるものか、あるいは別の感情によるものか、その場の誰も推し量ることができないでいた。
しかし少なからず恐ろしさを感じているだろう事はリーナでも想像に容易い。応じれば、人類の命運という酷く重いものを背負って立つ事になり、それは我々には想像出来ないほどの重責である。



「オイ、さっさと答えろグズ野郎。お前がしたい事は何だ?」


痺れを切らした様に腕を組換えたリヴァイから鋭い言葉が飛ぶ。しかしその目が僅かに見開かれ瞳に湛えた光がエレンへの興味を示した。
暗闇がぽっかり口を開けた様な牢の中、先程まで身を縮め俯いていたエレンがおもむろに顔を上げ、こちら側の僅かな燭台の灯りを受けて目を爛々と光らせていた。リーナが今生見た事の無い程の強い憎しみと復讐心に燃える眼差しで、喩えるなら、暴れる寸前の獣。知らなかった彼の奥底を目にして、リーナは握り締める腕が粟立つのを感じていた。



「調査兵団に入って、とにかく巨人をぶっ殺したいです・・・!」







190615修正


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