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朝食を終えた兵でごった返す明るい廊下をリーナはエルヴィンとリヴァイの後ろについて歩いていた。それにひっそりと好奇の視線を寄こす者には漏れ無くリヴァイの容赦の無い殺気を孕んだ眼光が飛び、皆がそれに気圧され竦み上がるのは言うまでも無い。その隣を歩くエルヴィンはただエメラルドの瞳を光らせるのみで感情を表に出さず、それもまた更に周りの者の恐怖を煽る。
そして兵舎の正面玄関で門衛担当の兵士と一言交わした後、三人は門前に停められた馬車に乗り込んだ。

兵団本部を出発して間も無く、一行はストヘス区を通過しウォール・シーナ内地へと到る。辻馬車も行き交い賑わいを見せる広い通りを進み、周りの建築物とは雰囲気の異なる石造りの重厚感溢れる建物。その正面で馬車が停まった。
石段を登って行くと憲兵が数名ドアの前に立っており、その内最も階級の高い薄く髭を生やした男は三人も良く知る顔であった。


「エルヴィン、待ちくたびれたぞ」

「すまない。面会許可、感謝する」

「起きるかは分からないが。何せ今日で四日目になる」


ドアが開かれ絨毯張りの床を進む。廊下は昼ではあるものの入り込む陽の光が弱く、お世辞にも明るいとは言えない。しかしそれが年季の入った壁や絨毯の凝った柄等を厳かに見せるのに一役買っていた。
するの先頭を歩く男が不意に顔だけで僅かに振り返り、そういえばと沈黙を破る。口を開いた彼を含め皆歩みを止める事は無いが、取り巻く空気に微かな緊張が走った。


「近頃壁外で随分と活躍しているらしいな、リーナ。流石だ・・・サラの血を引くだけある」

「おい、こいつは兵士長補佐になったんだ。もうどう足掻こうが憲兵にはやらねえ」

「そうだったか、知らなかったな。すぐに昇進祝いを送ろう。
だが調査兵が嫌になったらいつでも歓迎するぞ。実戦経験もあるんだ、今以上の階級に立たせてやれる」

「ちっ、うるせえな」



不穏な雰囲気ではあるが自らが発言せずともすぐに終了した会話にリーナは安堵の息を吐いた。
この男、ナイル・ドーク師団長は憲兵団幹部の一人で、面と向かって会う事は滅多に無いもののその度にしつこく憲兵団への勧誘をする、リーナにとってかなり困った人物であった。訓練兵団卒業の半年前辺りから、君の才能が、君の成績なら、としつこく誘われていたが、誰にでも言っているリップサービスなのだろうと常に失礼にならない程度にあしらっているのだった。そんなリーナの胸の内に反してこの男は中々に本気で、調査兵団を束ねるエルヴィンにも会う度リーナの移籍を持ち掛け、断られてはまた次の機会に、を繰り返している。毎年彼女本人から断られているというのに誕生日になれば砂糖菓子や肉などの贅沢品を贈り、かつての班員達がそれに気付き彼女への風当たりが強くなる原因の一つになったとは、それを贈られる彼女同様この男も気付いてはいなかった。

長い廊下の突き当たり、入り口付近よりも一段と薄暗いそこに設置された鉄製の厳めしい扉の前に二人の憲兵が立っており、ナイルが声をかけ扉を開かせると、更に怪しい雰囲気を漂わす石造りの地下へと続く階段が現れた。エルヴィンは一度静かに頷くとすぐにそこへ足を踏み入れ、それにヴァイも続く。固い足音と共に遠くなる背中を見てもなかなか一歩踏み出そうとしないリーナのその腕を扉に寄りかかるナイルが掴んだ。それに驚き振り向いたリーナの瞳が不安げに彷徨い揺れる。


「待つなら茶でも出そう。良い茶葉を持って来てある」

「い、いえ、私は」


「オイ」


瞬く間に階段を音もなく駆け上がって来たリヴァイが、ナイルが掴んだのとは反対の彼女の腕を強引に取り自らに引き寄せた。その冷ややかで鋭い視線は喉元に刃を突き付けるかの様な感覚さえ与え、言葉を語らずとも十分な威嚇になった様だ。踵を返し地下へと下りて行く二組のブーツの高い足音に混ざって響く、やけに大きく苛立ちを隠さない舌打ち。
ナイルは全身に嫌な汗をかいているのに気付きながらも動けず、暫くその場に立ち尽くしていた。






「オイ・・・まさか暗いのが怖えとか言うんじゃねえだろうな?」

「い、いえ」

「ならちゃっちゃと歩け」


下りきってリーナの前を行くリヴァイは彼女の腕を引いてその歩調を早める様急かす。それを受け短く返事しながらもキョロキョロと辺りを警戒するリーナが角を曲がると、蝋燭が多めに燃やされている、少し開けた場所に出た。ぽっかり穴があいたように真っ暗な牢の圧倒的な存在感の所為であまり空間の広さは感じられない。
その中のベッドのシーツから覗く茶髪がリーナの目に入る。格子の正面に置いた椅子に腰掛けるエルヴィンの横を抜け、半ば無意識にふらふらと格子を両手で掴み中の彼の様子を伺った。


「・・・エレン」


零れたのは呼び掛けるというよりも呟きに近いものであったが、暗闇の中の白い塊がもそもそと動き呻く声が全員の耳に届いた。見張りに立っていた憲兵も焦ったように姿勢を正し背負った銃に手をかける。
目が覚めたらしい牢の中の彼は怠そうに上体を起こした後、大きな目を更に見開き口を開けたまま固まった。


「エレン! 」

「え・・・お前、リーナ・・・?
今まで、どこにーーーー」


「おいお前。勝手にぺらぺら喋りやがって・・・黙ってらんねえのか」


響いた響いたドスの効いた声にエレンはぶるりと体を震わせ、牢の格子に縋り顔を寄せていたリーナも恐る恐る振り返る。


「お前もそこに立つんじゃねえよ・・・そいつが突然巨人になっても、お前には殺れねえんだろ」


更に低く地を這う様にして響いた声に、リーナは何も言わず壁に寄り掛かるリヴァイの隣まで下がった。しかし大人しく控えているその顔は眉根を顰め恐れとは別の表情も浮かべている。



「エレン・イェーガー、だね。
私は調査兵団団長エルヴィン・スミスだ。こちらは兵士長のリヴァイ、そしてその隣は君も知る通りリーナ・ヴィントだ。
まずは取り急ぎ、君が眠っていた三日間を簡潔に話そう」











190612修正


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