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「特別作戦班の任務は多岐に亘る。常に動ける様にしておけ。
ーーー現状と班については以上だ。明日から指示が出るまでは各自で訓練に励め」


一斉に立ち上がり返事と共に敬礼、一呼吸置いた後出される解散の合図に従いぞろぞろとドアに向う。前を歩くオルオの背中を見つめたリーナは小さく溜息を吐いた。先程の強固な拒否の姿勢に、元々あってないような自信が更に砕け散り無くなってしまった。
すると突然後方から手首を引かれ足が止まる。反射的に振り返ればリヴァイの平生よりも勢いの無い双眸がリーナを見つめていた。


「明日すぐにここへ来い。そのまま昼頃にはエルヴィンと共に出るぞ」


命令の趣旨が分からないまま反射的に口をついて出た返事に、掴まれていた手が離れ下がるように告げられる。彼の様子がどこか違うと感じたのは先程の一瞬のみで、然程気にしてもいけないかと思考するのを止めすぐに部屋を出た。後ろ手にドアを閉め、昼食の為に食堂へ向かおうと顔を上げると、班員である四人が両側に立っている。予想だにしない状況に情けない声を上げると、驚き振り上げた左手がしたり顔のペトラによって力強く握られた。


「聞きたいことがあるの!」

「まあ昼飯でも食べながらどうだ?」


初対面からよく喋る印象を受けたペトラとエルドからそう誘われ、特に断る理由も無く、リーナ自身皆と仲良くしたいと願っていた事もあり二つ返事で承諾する。ペトラに手を繋がれたまま、五人でぞろぞろと歩き出した。



「単刀直入に聞くわ!あのね、何でリーナは兵長とあんなに仲が良いの!?」

「えっ、そんな風に見える・・・?」

「だってあのリヴァイ兵長が人に触れるなんて!噂じゃあ呼び止めようと肩に触った兵を投げ飛ばしたって!」

「投げ飛ばした!?それはきっとただの噂だと・・・」


えええと何故か残念がるペトラに無意識に口元が緩み、一昨日の事で沈んだ心が僅かに軽くなるような心地がした。しかし皆ふとした時の表情に疲れや不安が滲んでおり、リーナにも思うように笑えていないだろう自覚があった。たくさんの尊い命が失われたのだ。それもこの、壁の中で。
想像していた通り、食堂の中の兵士達を取り巻く空気も明るいものではなかった。幾つも会話は聞こえてくるものの、いつもの昼時の様な笑い声や冗談は少ない。
順番に給仕係からトレーに乗った食事を受け取ると、先に席を確保したエルドとグンタが皆を呼び、五人で一つのテーブルを囲む。食前の挨拶と共に食事を始めパンを一口大に千切り口に運ぶと、スープを飲み始めたエルドと目が合った。


「さっきは話が逸れたが、やっぱりリーナはリヴァイ兵長と何かあるだろ?」

「何か!?そんな何も・・・
そういえばペトラもエルドも、どうしてそういう風に思ったの?」


リヴァイとの仲を勘ぐる者が以前もいた事を思い返し、こう複数いるとなればそう考えるに至った理由にも興味が湧くというもの。
リーナからの予想外の逆質問に二人は答えを捻り出そうと顎に手をやり、アイコンタクトを取りながら首を傾げて考え込む。


「うーん、雰囲気かなあ。気の置けない仲って空気感があるというか・・・リヴァイ兵長もいつもより幾分か優しい気もするし」

「そう、それなんだよ。お前を見る時の目付きもいつもの鋭さみたいなものがないしな。
それにオルオからお前の事庇っただろ?今までに俺が見たリヴァイ兵長からは考えられなかった」


ペトラとエルドの説明にグンタも納得した様に大きく二度頷いた。
兵団に所属した後本人に指摘されて以来、周囲に人がいない場合呼び方は昔のままであったが、気持ちの面で普段から引き締めなくてはこうして上司の顔に泥を塗る事になりかねない。部下なのに可笑しいと周りも感じるだろう。一ヶ月前の遠征の後から接点が増えたのだ。これからは節度を持って接することを密かに独り心に決める。


「こいつがリヴァイ兵長とどうこうとか俺は認めないからな!どっからどう見ても普通の上司と部下だ!生意気なっうぐうあ」

「あー分かった分かった悔しいのね!分かったから!
それでそれで!?それって気のせい?」


口の端から血を垂らすオルオへ咄嗟にハンカチを差し出すと、悪いと小さく詫びる声が聞こえ手の中からするりとハンカチが抜けて行った。ただ怖い人というだけでは無いと分かり警戒心も大方和らぐ。出来る限り打ち解けたいと考えていたので嬉しい発見である。



「ええっと、皆さんが疑う様な事は全く何もなくてですね・・・」


小さく首を傾げなんと説明したものかと思案していると、エルドとペトラだけでなくグンタも興味津々といった様子で見つめてくる。ちらりと目線を外せば口元を押さえたオルオの流した視線ともかち合う。今までこうして根掘り葉掘り聞かれた事も無かった為に、過去の事を話して良いかと考えた事も無かったのだが、話すなと念を押された事は一度も無い。他にやたら言いふらす様な事が無ければ大丈夫だろう。その点ではこの四人は信用に出来ると感じた。


「昔、私の母はここで分隊長をしていて。それで母が・・・エルヴィン団長と、ハンジ分隊長とリヴァイ兵長と、仲が良かったらしくて」

「え!お母様が!?」

「そう言われてみれば、ヴィントという名字は何かの記録で見かけたような気がするな・・・」

「七年以上前に遡れば残っているはずだから、グンタはそれを見たのかも・・・
私が十二の時に母が壁外で戦死して、父もその後すぐ・・・それで、身寄りが無い私を三人が引き取ってここで一緒に暮らせる様に、当時の団長にお願いして下さって」


母や父の話をしてしまった所為か、気付けば好奇心で一杯だった四人の表情は眉根をハの字に曲げた申し訳なさそうな物に変わっていた。気を遣わせてしまう話題になってしまった事を慌てて謝るとペトラが首を横に幾度も振る。


「私達こそごめんなさい・・・辛い事を話させてしまって」

「ううん。もう何年も前のことなの。だから気にしないでほしい」


「待てよ・・・
お前その三人って、団長と兵長とハンジ分隊長、なんだよな?調査兵団で暮らしてたのか?」


横から聞こえてきた言葉にして三人が声の主であるオルオへ振り向き、その後リーナを穴が空くほどに見つめて返事を待つ。その目から逃れられないと感じる程の気迫を感じ取ったリーナは本能的に目を逸らして僅かに俯いた。


「う、うん。でも所属ではないから勿論私の部屋は無くて、日替わりで一緒に寝させてもらってたんだけどーーーー」

「「「「団長と兵長と分隊長と寝てたああ!?」」」」


しん、と食堂が静まり返った。
言葉と共に立ち上がっていたペトラのあっと呟いた声がやけに大きく聞こえる。刺さる沢山の視線にリーナのこめかみを冷や汗が伝った。




「さあてお昼だー!もうお腹ぺっこぺこでさー!」



そんな凍った空気を無いものの様にぶち壊してすたすたと食堂に入って来たのは話題の当人である。その後ろで彼女に続くエルヴィンも食堂中の視線を集めた。



「今日のお昼は何かなあっと・・・あれ?皆どうしたの?」

「「ハンジ分隊長!!」」

「お?」


ペトラとエルドが声を揃えて彼女を呼ぶと食堂中の視線が一挙に集まる。疑問符を散らしながら話題の発信元である五人の元に向かって歩いてくるハンジの後ろを、同じく不思議そうな顔をしたエルヴィンが食事の乗るトレーを器用に二つ持ち後ろに続く。


「どうしたんだい?
ああこれはこれは!新しいリヴァイの班の顔ぶれが勢揃いじゃないか!」

「ハンジ分隊長・・・ごめんなさい」

「ん?リーナ?どうしたの、改まって謝ったりして」


真相を聞くまで帰るまいとこちらを凝視する数多の視線の誤解を解くためか、やむ得ずといった様にペトラが口火を切る。


「み、皆さんが、幼かったリーナを引き取ってここで暮らしていたという話は本当なのですか・・・?」

「ああ、なんだその話か!
本当だよ!エルヴィンとリヴァイと私がリーナと一緒に暮らしてたんだ!一年間だけだったけどね」


わざとらしく明らかにされた真相に、痛く刺さっていた視線が緩むのと同時に班員全員が長い息を吐いた。その背後では沢山の兵士が席を離れ食堂を去って行く。



「良い具合に誤解は解けた様だな」


どうやらこの二人には食堂に入る前に四人の叫び声が聞こえていた様で、話が変な方向へ転ばない様に皆に聞かせようとしたペトラの意図を汲んでいたらしかった。柔和な微笑みを浮かべるエルヴィンと得意げな表情のハンジへ全員で敬礼と共に謝罪し、急いで立ち上がる。


「いやいやそんないいって!
いやあ面白かったなぁみんなの表情!リーナにそんなやましい事ある訳無いのにさ」

「す、すみません・・・私達がつい、リーナの昔の話を聞いて叫んでしまって」

「あ、なになに?リーナの小さい頃の話!?
いいよー話してあげよう!もうとんでもなく可愛くってさああ!」


巨人の話が地雷というのは周知の事実でも、リーナの話でそれを踏み抜くとは知らず、四人は呆気にとられた顔で話題の人物を見る。記憶に無い部分を聞き出そうと何度か経験していた本人は気配を消して無言で立ち上がり、食べかけの食事の乗ったトレーを持ってそっと席を離れた。彼女が肩越しに振り返れば皆縋るような、しかしオルオだけは悔しそうな顔で睨み付けていて。そしてハンジのみならず、視界に入るエルヴィンまでもがにこやかに思い出話に花を咲かせている。リーナは四人へ心の中で詫び、食事を再開するべく日当たりの良さそうな中庭を目指して食堂を後にした。








190610 修正


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