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いよいよ新しく決まった班員四人との顔合わせの日となり、時間に余裕を持って自室を後にしたリーナはもう数歩も歩けばいつもの執務室に着いてしまうところであった。歩を進めながら前後に振る握った手が汗ばむのを感じる。同じ年齢の団員との接点が無く班員と上手く付き合う距離感などの経験が乏しい思考は、後ろ向きな想像を次から次へと生み出し、リーナの不安を増幅させた。
執務室前のドアを目前に立ち止まり深呼吸を一つ。彼らが来たら行う予定の挨拶を脳内で予行練習しつつコンコンとドアを叩き、聞き慣れた短い返事が返って来るとすぐにドアノブに手をかける。


「失礼し、まーーーー」


部屋に入るなり、視界に飛び込んだ自由の翼に目を奪われ息を呑む。窓からの強い陽射しを受け逆光の状態でも確かに背中に浮かび上がった、風に小さく揺れる四つのエンブレム。それ自体は平生目にするジャケットのものと何一つ変わらない筈であるのに、何とも表現し難い厳かな光景に言葉を失くす。それは一瞬か数分間そのままであったのか、リーナはあまりの衝撃に時間の感覚も失くしていた。
我に返った時には皆一様に振り返っており、その内一人が直立不動のリーナにばたばたと駆け寄る。驚きに身体を強張らせたその両手を勢い良く取り上げ、しっかりと握り込んだ。


「貴女がリーナね!」

「え、は、はい!」

「旧市街地での戦闘、素晴らしかった・・・!
周りが小鳥さんなどと可愛らしい事を言っていたから、失礼だけど正直なところ、ただ容姿だけの話だろうと思っていたのだけど・・・
まさかあんな立体機動!リヴァイ兵長が単独で行くようにと指示された時は驚いたけど、すぐに納得がいったわ!どうして今まで貴女の事を知らなかったのかしら」

「あ・・・え?ことり?」


予想だにしない単語で捲し立てられ圧倒されているうち、女性の隣に金髪の男性が立ち視界が二人の姿で一杯になる。


「俺も驚いた!噂を耳にして活躍をこの目で見たいと思っていたが、あの立体機動・・・想像以上で驚いた!今までどの班に所属していたんだ!?」

「かつ、やく・・・」


目の前で素晴らしいと口々に褒めちぎられ、慣れないことに脳内の処理が追い付かないリーナは酷く混乱していた。


「おいお前ら!何してるんだ戻れ!」


焦った様に彼らを窘める声が響くとリーナの手は解放され、目の前の二人が慌てた様子で離れて行く。黒髪を短く揃えた男性が机の前でわなわなと震えており、彼が声の主と思われた。その彼から少し間を空けた所に立ち険しい目付きでリーナを睨み付ける男性。ここでせかせかと話し続けていた二人は先程までその空いた所に立っていたのだろう。入室時には隠れていた、椅子に腰掛け不愉快そうに眉根を寄せたリヴァイの姿が間に現れていた。


「あ、ええと・・・兵長?」

「来い」


一足先に大慌てで戻る二人を追いかけ執務机の前までリーナがやって来ると、リヴァイの指が椅子のすぐ横を指し、それ従って移動すると四人と真正面から向かい合った。皆期待に目を輝かせてリヴァイとリーナを見つめる。


「こいつはリーナ・ヴィントだ。知っての通り一ヶ月前は索敵担当、それ以前は荷馬車関係の担当でお前らとは何の接点も無かっただろう。
が、今後この班の副班長になる」

「えええ!?」


素っ頓狂な声が大きく部屋にこだまする。リヴァイの指示で敬礼から直った四人は突然の大声に弾かれた様にリーナを見るが、当人はそれを気にする余裕を持ち合わせておらず、あわあわと口を開閉しながらリヴァイを見つめる。副班長の任命について、それらしい事は一言も聞かされていないためである。


「エルヴィンの決定だ。
俺は班長兼兵士長となると今以上に忙しい。その分副班長は重役だ・・・しっかりしろよ」


四人から息の揃った手本の様な敬礼がたった今着任したばかりの副班長へと送られる。重役という言葉にリーナは肩に重石が乗る様な心地がし小さく項垂れた。そして数拍置いた後敬礼したままの彼らに気付くと慌てて両手を彷徨わせる。


「ど、同期ですし!畏まらずに!普通にして下さい!」


自らが敬われる事に背骨を逆撫でされる様な違和感を覚え深厚な表情でそれを訴えていると、間髪入れずに小さな驚嘆の声が聞こえた。


「ほ、ほんと・・・?」

「はいっ」

「嬉しい!」


ばたばたと机の横を通り再びリーナの目の前までやって来た大きな瞳が印象的な茶髪の女性。彼女は先程と同じ様にリーナの両手を取ると柔らかな掌でしっかりと包み込んだ。


「ペトラ・ラル!元第一分隊第二班よ!
周りに同い年の女の子が少なくって・・・本当に嬉しい!」

「おいペトラ!そんないきなり・・・!」

「いえ良いんです!皆さん仲良くして欲しいですっ」

「ありがとう!
これからよろしくね、リーナ」

「はい!」


胸の辺りが穏やかに温まっていく感覚が心地良い。ふとリヴァイと目が合えば良かったなと小さく呟くのが唇の動きで読み取れた。
込み上げる喜びの念が溢れリーナの表情を自然と笑顔に変える。



「俺はグンタ。第一分隊第四班だった。よろしくなリーナ。ちなみに俺もあの時はすごいと思った」


そう言うと黒髪の彼は閉じた口の端を上げ優しい微笑みを見せた。隣の金髪の男性も、本当になと頷いて口を開く。


「さっきはいきなり済まなかった・・・
エルドだ。俺とグンタは一つ年上だが、同期だし敬語は無しにしてくれよな」

「えっ・・・で、でも」

「副班長だが畏らない様にとの指示。なら同期なんだ、俺たちにだって気を遣う必要はないだろ?」

「は、はい・・・ありがとう!」


それぞれの人の良さが現れた会話が生む穏やかな雰囲気に、リーナの部屋に入る前の緊張は大方解れていた。ふと端で先程から黙ったままの男性に気が付き様子を伺うと、気難しい顔のまま窓の外遠くを見つめていた。そのこめかみを汗が一筋伝う。リーナが名前を聞けていないのは彼だけで、すると彼がオルオだろうことは想像が付いた。


「あの・・・オルオ、くん・・・?
この間個人成績を見させてもらっていて・・・ずば抜けた討伐数で驚きました。こんな不束者ですが、これからよろしくお願いします」


恐る恐るそう言ってみると、ペトラがリーナとの固い握手を解き拳でオルオを小突いた。すると彼は意を決した様にして漸くリーナに向き直るが、相変わらずその表情は硬い。


「おっ、俺は認めないからな!
小鳥だか何だか知らんが・・・俺はお前が戦っているのを見ていないからな!」

「はあ!?ちょっ、オルオ!?」

「一月前の遠征で初めて索敵になった様な・・・誰もこの間まで名前すら聞いたことなかった様な奴が、リヴァイ兵長の班の副班長だなんて!有り得ねえ」


ぐっと拳を握り顔を赤くして憤るオルオの気持ちがリーナの柔らかい部分に刺さる。無名の自分が出し抜けに人類最強と名高い兵士長直属の班に配属、その上副班長になるなど可笑しな話だと自覚していた。それもこの場で一番討伐経験が少ない小柄な女兵士がだ。


「副班長って事は、リヴァイ兵長の補佐になるって事だろ・・・俺は絶対に認めねえ」

「もう!ちょっとオルオ!?
あんたいい加減ーーーーー」


がんっ、と鋭く響き渡った音でペトラの声が遮られ時が止まる。全員が示し合わせた様に恐る恐るその元を目で辿ると、リヴァイが組んでいた足で机の裏を蹴った事が分かる。彼の横に立つ形のリーナとペトラからはぱきぱきと音を立てて机の裏から木屑が散るのが見えた。
続いて響く大きな音に再び班員の肩が跳ね背筋が伸びる。リヴァイが机に掌を叩きつけゆらりと立ち上がったのだ。目元を前髪が覆っていても、その間から覗く射る様な瞳とそこに差す影は部屋の温度を下げ殺気で満たすのに十分過ぎる。


「オルオよ」

「は、はいぃっ」


その眼光が流れる様にオルオへと向けられ引き攣った声が小さく上がる。オルオを窘めようとそのジャケットの裾を掴んでいたペトラもそのまま冷や汗をかき固まっていた。


「ピーピーうるせえ」

「もっ申し訳ございませんっ!」

「・・・リーナをここに選んだのは俺だ。そしてそれを認めたのはエルヴィンーーーー言っている事の意味が、分かるな?」


がくがくっと勢い良く首を縦に振るオルオを見、満足気に鼻を鳴らしたリヴァイが机の上の書類を手に取ると漂っていた殺気も鳴りを潜め事態は収束した様ではあるものの、皆一様に冷や汗を光らせ口を一文字に引き結んだまま微動だにすることが出来ずにいた。


「訓練が始まれば同じ事は二度と言えねえはずだ。まあ、精々楽しみにしておけ」

「はい・・・」


すっかり生気の失せた無理に絞り出した様なか細い返事を聞くと、その彼の横をするりと抜けたリヴァイはソファーまで移動し端にどっかりと腰掛ける。


「お前達も座れ。早速だが重要な話だ」


その言葉に我に返り皆ばたばたと慌ててソファーに着席した。いつまでもその場に立ち尽くしたまま放心しているオルオの腰辺りをリヴァイがソファーの背凭れ越しに振り返って殴り付け、鈍い音と共に漏れる言葉にならない悲鳴に、班員たちは静かに目を逸らすのだった。









190607 修正


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