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何が起こっているのか、理解が到底追い付かない光景であった。
外門前、開けた場所の至る所に散らばる血溜まりと肉塊と蒸気、凄惨を極めて尚自ら地上ーーー巨人の眼前をひた走る兵士達。そして民家二軒程もある大きさの岩を肩に担ぎ、一歩一歩門へと進む巨人。

誰でもいい。これがどういう事であるか、説明して欲しい。只々思考回路を絡ませリーナは心の中で叫ぶ。
帰還の為に組んだ隊列が最高速度で平野を駆け抜け、壁に近付くにつれてトロスト区の開閉門が見えてくると、全ての兵が想定していた通りの最悪の状況がそこにはあった。壁に空いた穴へ次々に吸い込まれる様にして巨人が入って行く様を見るなりエルヴィンは隊列を解体し、壁外で巨人を食い止める班と壁内の前衛に合流させる班とに二分した。そしてリヴァイに続いてリーナも壁を登り、そこで目にしたのは今まで常識と言われていたものとは掛け離れた現実だった。想像を超えた光景に、たった今壁に登るまで絶望に打ちひしがれていた者も怒りに燃えていた者も、皆一様に息を飲む。
何故巨人が岩を担いでいるのだろう。
しかもその歩みの先は無残に崩れた扉。
その岩で、壁に空いた穴を塞ごうとでも言うのだろうか。人類の敵である、巨人が。
そして突如びりびりと空気が震えるほどの野太い雄叫びが響き、次の衝撃で爆音と共に壁がぐらりと揺れた。すぐにどこからともなく緑色の信煙弾が上がり、尻餅をついて呆然としていた兵士が我に返って援護にと次々に壁を降りて行く。
作戦成功、ということだろうか。第一に作戦とは何なのか。あの巨人が担いで来た大岩によって、穴は塞がれた。それが作戦だと、そういう事なのだろうか。
疑問ばかりがリーナの頭を占める中、岩を運び終え座り込む巨人の背中に乗る人物がその目に留まる。その人物は項を削ごうとする様子も見せず、何かを掴んで動いているようだった。そして蒸気の中その金髪の隙間から顔が見えた途端、リーナは自分でも気付かぬ内に壁から飛び降りていた。
もうあの日から七年も経つのだから確信は無い。最後に見たのは八歳の姿。その記憶も確かではない。
壁を利用して蒸気の中に着地すると、すぐに目の前の彼が振り返り顔がはっきりと見えた。



「ミカサ!?どうーーー・・・!」

こちらを振り返って言葉を無くす目の前の少年は、やはり記憶にある子供と同じ顔をしていた。
そして彼の腕の中に収まり引っ張られているのは人間だ。巨人の中に足が埋れて肉と絡まっていて、ともすればその項から生えている様にも取れる。その引っ張られている人物が誰であるのかも、相手が目を瞑ってはいるがリーナには確信はがあった。
呆然とするリーナと彼の間に銀髪を靡かせ女性が割り入る。駐屯兵団のエンブレムを背負った彼女は状況を確認するなり舌打ちを響かせ、グリップを握り直し僅かに腰を落とした。


「切るしかない!」

「ま、待ってください!!」


緊迫した会話を気にかけ一歩歩み寄ったリーナのすぐ横で刹那きらりと鈍くブレードが光り、足元に二人分の体重がまともにぶつかると足はいとも簡単に巨人の背中から離れた。突如襲い来る浮遊感に体勢を立て直す事も受け身を取る事も間に合わず、背中に強い衝撃が走る。胸の圧迫感を堪え息が詰まる感覚に顔を顰めながら上体を起こすと、足に先程の二人が乗っかっていた。無事な彼らを確認して安堵したのも束の間、急に辺りが陰る。
ざわりと悪寒を感じるのと顔を上げるのは同時だった。
あんぐりと口を開けた巨人が二体。距離は10mもない。不覚だった。何故気付かなかった?



「エレン!!アルミン!!」


遠くから届く焦った声にやっぱりそうだったか、と場違いな思考が過ぎる。
私情に走った挙句巨人の存在にも気が付かないとは、何ということか。固まって動かない彼らの下から足を抜く事も忘れ、ただ呆然と後悔ばかりが頭を過った。ミス一つでこんなにも身体が動かないなど、兵士失格だと。


聞き慣れたガスとワイヤーの音と共に、黒い影が巨人の背後を過ぎる。肉を削ぐ音と僅かな血飛沫、それだけで活動を停止した巨人の頭を蹴り、地面に突っ伏した巨体の上に遅れて着地する人影の正体がはっきりと見えると、何を考えるよりも先に視界がぼやけ、揺れる。



「おい、ガキ共。これはどういう状況だ・・・」


薄く立ち上り始める蒸気の中から眉間に皺を寄せこちらをじっと睨み付けるその瞳とかち合うと、一層その眼差しが鋭さを増した。


「てめえ・・・!」


恐ろしい程の剣幕で巨人から飛び降り三人の元へと詰め寄るリヴァイ。すぐ目の前まで来るとリーナの胸倉を遠慮無く掴み、半ば強引に立ち上がらせた。ぐっと首元が締まり息を詰める。


「俺はお前に不測の事態が起こったら死ねと教えたか・・・?」

「い、え」

「前の遠征じゃ馬が死んでも諦めなかっただろうが・・・
いつからてめえはそんなに死にたがりになったんだ?」

「すみま、せん・・・!」



「リヴァイ!済まないが説教は後にしてくれ!一旦ここから離れる!」


そう少し離れた所で声を張る銀髪の女性を一瞥した彼から大きな舌打ちが聞こえる。行くぞとだけ言うとその手を離し、未だ巨人の残る街へと足を向けた。










190604修正


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