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トロスト区から壁外南東に八十km。川沿いにあり商業も盛んでかつてはウォール・マリア屈指の市街地であった街。今となっては廃墟と化したその家々の屋根を無数の兵士が奔走する。大地が唸る様な地響きと耳を劈く様な絶叫が絶えない。指揮班と資材を積んだ荷馬車が拠点の補修を必要とする箇所へと辿り着き、護衛班が次々と巨人と対峙する為飛び出して行く。





「リヴァイ」

「ああ、了解だ」


エルヴィンと言葉を交わして振り返ったリヴァイの視線とリーナのそれとがぱちりと交わる。そして互いに小さく頷くと手近な建物にアンカーを刺し、屋根の上に登る彼の後に続いた。


「お前はあっちのだ。俺はこいつをやる」

「はい!」


掌に力を込め直し、リヴァイがブレードで示す10m級に向かって走り出した。未だこの市街地内の巨人の掃討は完了しておらず、ガスを浪費する訳にはいかないと考えて出来る限り足で屋根伝いに近付き、それに気付いだ途端振り抜かれる大木の如き腕に捕まる直前にグリップを握りアンカーを射出させ飛び降りた。
ふわりとした浮遊感を伴って僅かに降下した後、ガスを蒸かして肉に刺さるワイヤーを巻き取り掬い上げる様にその項を削ぐ。じゃっ、と音を立て肉塊が舞い、絶命した巨人と共に呆気なく地面に落ちた。巨人の討伐は前回の壁外調査以来であったもの早くも訓練の成果が現れている様で、然程返り血も浴びずスムーズに討伐出来ている。
屋根に戻りあちらはどうなったかと振り返る直前、背後で空気の音と共に降り立つ靴音がした。


「こちらは大丈夫です」

「だろうな、心配はしてねえ。それよりこっちだ」


向かい合ったリヴァイの背後、至近距離ではないものの左右と正面、計四体の巨人が二人のいる方へと向かってゆらゆらと歩みを進めて来ていた。
リーナが指示を仰ぐべく口を開きかけるが、その視界の端に複数の人影が映る。そちらに向き直ると同時に三人の兵士がこの屋根に着地した。見慣れない顔であった。


「兵長!増援を集めてきました!」

「ペトラ、あの下の兵士を介抱しろ!お前らは右のあれだ!リーナは正面、俺は左をやる!」

「はい!」


指示を聞き返事をした後弾かれる様にしてリーナはそのまま再び屋根伝いに走り出す。
その背後でペトラと呼ばれた赤毛の女性がリヴァイを叫ぶ様に呼ぶ高い声が響く。ちらりと肩越しに振り返るリーナと既に空を舞うリヴァイの背中を、他の二人の男性兵士と共に驚きと不安の混ざる微妙な表情で交互に見遣ったが、一瞬の後我に返り指示通り各々走り出した。

リーナが埃の混ざる僅かな追い風を受けながら目前まで迫った8m程の巨人を前に、それよりも背の高い向かいの尖塔へアンカーを打ち込み宙へ踏み出す。すると予想よりも素早く巨大な手が迫り、太い指の先が身体に触れた。

「っ!」

即座に一太刀で全ての指を落とし掌を蹴って、再び勢い良くワイヤーを巻き取った。そのまま項に刃を滑らせながら通過し最後に力を込めて振るう。
素早い動きの巨人だとは想定出来ておらず、訓練だけでは補えない経験の浅さが仇となり、危うく命を落とす所であった。こめかみを流れ落ちる汗を袖口で拭い気を張り直して辺りを見回すが、目に見える範囲に巨人は見当たらない。先程ので纏めて現れてくれたらしかった。遥か遠くには数体見えるが既に他の兵士が応戦している様に見える。一先ずは先程散開した地点へと引き返していると、その途中に地上でしゃがみ込んでいるリヴァイとペトラを認め建物伝いに立体起動で地面に降り立った。


「りーーーー・・・」

リヴァイに呼び掛けようとしたところその隣に寝かされている兵が見え、リーナは血相を変えて早足に近付き静かにその横に立つ。地に膝をついたリヴァイは、瞼を閉じ眠った様に安らかな表情で横たわる血濡れの若い兵士の手を取り、血と涙の跡の残る生気の消え失せてしまった顔を何も言わず見つめている。見かけは平生と変わらない様でいて耐えるような雰囲気を感じさせる彼を見るのは初めてで、リーナは掛ける言葉の一つも見つけることが出来ない。力が込められていたであろう手はもう彼が一方的に握り留めているだけで、指先に至るまで血の色を失くして弛緩している。
時折吹く風がびゅうと音を立て砂埃を巻き上げながら遠くの悲鳴や怒声をこの静まり返る裏通りに届けて、ここが戦地である現実を、立ち上がらなくてはいけない生者の使命を語る。
その時、かつっかつっと規則的な蹄の音が大きく響いた。一同が近付いてくる馬に目を凝らすと、馬上に跨るのは今回の調査を指揮するエルヴィン。手綱を引き馬を制止すると全員の顔を一通り、その後横たわる遺体を一瞥し、そして一言、退却を告げる。



「退却だと・・・!?
まだ限界まで進んでねえぞ。こいつは犬死にか?
理由はあるんだろうな?」


立ち上がったリヴァイが静かながらも威圧感のある声音でエルヴィンを問い質す。ペトラも遺体の手を胸で組ませるとゆっくりと立ち上がった。
ああ、とそれを真っ直ぐに見つめ返し頷いたエルヴィンが言葉を続ける。


「巨人が街を目指して一斉に北上し始めた」


どく、と胸の鼓動が身体中に響いた。
巨人が一斉に北上する。その先には、今朝出発したトロスト区がある。巨人が特定の場所を目指すのは、そこに捕食できる人間がいるからに他ならない。


「五年前と同じだ。街に何かが起きている。
壁が・・・破壊されたかもしれない」








190604 修正


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