ただ偶然を待つ




「ひっさしぶりだなぁー!元気にしてるかなぁー!?」


「毎日サラから聞いているじゃないか」


「それとこれとは別だよ。私はこの目で見るまで信じられない!なんたって彼女はそう、さながら私の女神…!」


「…気持ち悪りぃ…」




一人きらきらと瞳を輝かせ紅い頬で熱弁するハンジを、リヴァイが人ならざるものを見る目で吐き捨てる様に言う

エルヴィンを含む3人を乗せた馬車がシガンシナの商店街を駆けて行く
よく晴れた昼下がりで、大通りに行き交う人の数も多い
柔らかく差す陽は春らしい暖かさで、色とりどりの花を店先に並べる店もよく目に付いた


相変わらず嫁にしたいだの食べちゃいたいだのと懲りずに騒ぐハンジにリヴァイの我慢が限界を迎える頃、馬車がスピードを落とし、一軒の民家の正面に止まった

興奮しながら降りて行くハンジにリヴァイも続き、うるせぇ、と背後から膝あたりに蹴りを入れた


それと同時に、馬車の音と話し声を聞き付けた住人が玄関の戸を開け現れた




「いらっしゃい、待ってたわよ!」


「サラ!昨日ぶりだね、会いたかったよ!」

「そんな大袈裟な…」



そう笑い、さあ入ってと家の中へ3人を招き入れた、金髪でウェーブのかかったミディアムヘアーを揺らす女性
エルヴィンの同期でハンジやリヴァイの先輩であり、調査兵団分隊長のサラ・ヴィント


今日はエルヴィンとハンジにとって久しぶりの、リヴァイにとっては初めての訪問だった




家族3人で暮らすには少々広めのそこへ足を踏み入れ、リビングのテーブルを全員で囲って椅子に座ろうとすると、廊下の奥から軽い小さな足音が聞こえてきた



「いらっしゃいっ!」



金髪のロングヘアをさらさらと靡かせながらリビングに入り、テーブルへと走り寄った少女


子供が苦手なリヴァイは思わず眉間に皺を寄せた




「ああぁぁぁリーナっ!会いたかった!会いたかったよぉぉ!」


「ハンジさんっ!」



その少女は両手を大きく広げたハンジの元へぱたぱたと走り寄り、その中に飛び込んだ
隣のエルヴィンもその小さな頭を横から撫でている


話には聞いていたが、この少女がサラの娘らしい
毎日毎日飽きもせず家の話を振るハンジに、サラも満更でもなさそうに自慢話を語り溺愛ぶりを発揮している



巨人の話はー?と抱き締められたまま言ったその言葉にハンジが奇声と共に目を光らせたが、その先はサラが許さなかった




「みんな座って。紅茶を淹れるわ」


「じゃあリーナ、私達と待っていようね」


「はい!」




エルヴィンの言葉に頷いた少女を見てよろしくね、と微笑んだサラがキッチンへと消えて行き、ハンジがそのまま膝の上に少女を乗せた


そしてそのグレーの零れそうなほど大きな瞳と視線がかち合う



「おにいさんは、誰…?」




小首をかしげたところにエルヴィンが話しかけた



「この人はリヴァイ
少し前に調査兵団に入ったんだよ」


「そうなんですか!
おかあさんを、よろしくおねがいします!」


「あはは!リーナは偉いなぁー
大丈夫だよ、君のお母さんの方が全然偉いからさ!」


「リーナは会う度にしっかり者になってくなぁ」



とても人懐っこい性格らしく、初対面の自分にも屈託無く笑いかけてきた
ハンジに頭を撫でられ目を細めて嬉しそうにもしている

子供はきーきーうるさくて嫌いだが、目の前の少女はなかなかに大人しくしっかりしていて煩わしくはなかった



「ああリーナ!今日はリヴァイの膝の上にしよっか!」


「断る」



しかしそれとこれとは別問題だ
他のやつが皆お前のようにそいつを溺愛出来ると思われては困る
いや実際エルヴィンもそうなのだけれど、だからといって誰がいつそいつを膝に乗せたいと言ったか





「はいはい、いいからいいから!
リーナ、リヴァイと仲良くしてあげてね
彼、お友達が私たちくらいなんだ」




そう言ってハンジが少女を抱えて立ち上がり、この組んだ足の腿の上にそいつを跨らせた
誰も良いなどと一言も言っていないというのに
なにが友達だ



「…おいーーーー」

「きゃ…!わ、っ」




戻ろうとする背中を一発殴ってやろう、と立ち上がろうとして組んだ足を直すと、その上に乗っていた少女がバランスを崩してテーブルに手をついた



「あ……ごめんなさい…」


「…………ちっ」




仕方なく僅かに浮かせた腰を下ろし、足は組まずにそのまま座る


面食らったような、珍しいものを見るような目でこちらを見る2人を睨みつけ、低い声で、今日だけだと言った





「ありがとうございます!」



聞こえてきた声に首を戻すと、膝に乗った少女が顔だけこちらを振り返ってにっこりと笑っていた


9歳だと奴らに聞かされた覚えがあるが、年齢よりも幼く見える
身長も年相応とは言えない小ささであるし、体重が思っていたよりも軽い
子供というものがこんなに軽いとは思いも寄らなかった




「ぎゃーぎゃー騒ぐなよ……落とすぞ」


「はい!リヴァイさんっ」





嬉しそうな返事が返って来たのと同時にトレーにカップを乗せて戻ってきたサラも、さっきの2人と同じ様に目を見開いた




「リヴァイ、?
あ、なんか、ごめんなさい、ね…?」


「あー気にしないで!リヴァイも受け入れてるからさ!」


「ああ?」


「おかあさん!リヴァイさんやさしい!」


「うるせぇよ」


「えへへ」


「リヴァイにこんなに懐くなんて、リーナは大物になるな」


「黙れ」



気が付くと目の前の3人全員が生温かい目で自分と膝の上の少女を見つめていた
呑気に紅茶を啜りながら、良かった良かったなどと口々に言い出す始末である
子供に懐かれたことなど今までの人生で一度も無く、目の前の少女の特異性にペースを乱されたことが不快だった
それを面白可笑しく見る3人の眼差しも





「リヴァイさんっ!いっしょにきて!」



その言葉と共に膝の上の僅かな重さが消え、背凭れに預けていた腕をぐいぐいと引かれる
両手で全体重をかけて引っ張っているらしいが軽過ぎる為に意味が無い


子供というのは、自分では何も出来ないというのに本人は何でも出来ると思い込んでいる節がある
大人でもそんなのはいくらでもいるが、とにかくそういう馬鹿が嫌いだ
対した覚悟もないくせに、失敗した時のことも考えずに自分のやりたい事をやって、自爆で済むならまだ良いが、周りにまで迷惑をかける

子供は嫌いだ





「ねぇー!おねがいしますー!」


「ちっ……とっとと連れてけ」



「うおぉ!リヴァイが…!」

「殺されてぇのか」








ははは、と笑い声を上げながら椅子に座り直したハンジは2人が去った後のドアを見つめた

ドアの向こうから微かにあのね、あのね!と幼い声が聞こえてくる



「リヴァイにも見せるんだね」


「あれはリーナの宝物だからな。
リーナの友人としての通過儀礼の様なものなんじゃないか?」


「なんか自分のいないところで見られるの恥ずかしいわ…
あの子、ほんとにあの絵が大好きなのよね」



「ねぇ…やっぱり画家としてじゃダメなの?サラの旦那」


「そう、この間もっと真剣に話したの
でもあの人、"折角訓練を積んで一般の人より力があるのに戦わないでどうするんだい"って…
そう言うとは思っていたんだけどね…」


「だって、それじゃあーーーーー」


「でも、大丈夫よ
あの子が大人になるまでは何が何でも側にいるわ」






























「リヴァイさん!これなの!」




連れて来られた部屋は狭い散らかった部屋だった
あちらこちらに真っ白なキャンバスや乱雑に伏せられたキャンバスが立てられ
床や机の上には沢山の絵の具と筆が散らばっている
アトリエ、というところだろうか
全てのものを整理して掃除をしたい衝動に駆られたが、それでも陽がよく差し込んで不思議と居心地のいい空間だった


そして中央で台のようなものに立てかけられ丁寧に布をかけられたキャンバス

その端を握り笑いながら、いくよ?と聞いてくる
何も言わずに黙ったままでいると、至極嬉しそうに勢い良く布を取り去った





「ねっ?すごいでしょ!?
これ、おかあさんなんだよ!」







広がる壮大な景色
自由がそこには確かに存在していた


ちぎり雲の浮かぶ抜けるように青い空
地に背を向け舞い上がり、広がるその緑のマントはまるで翼
太陽の光を反射するブレードは血生臭い武器などではなく、自由を拓く耀き

風に弄ばれる重力に従って垂れた金髪
口元に湛えた笑み
遠くに描かれた空を飛ぶ白い鳥や地を駆ける馬

全てが、自由の象徴








「これ、おとうさんがかいたの!
そとにでたときのおかあさんはほんとうにすごいんだよ、って!
とりみたいにそらをとぶんだって!
もしかしてリヴァイさんは、そとのおかあさんみたことある!?」




差し込む陽できらきらと輝いた瞳は絵の中のそれと同じ色をしていて、ただ違うのは曇りひとつなく奥底まで澄み渡っていること




「……いや」


「そっかぁ…
あのね!わたしね!そとにいきたいの!
このおかあさんみたいにとびたい!」



「…やめておけ
ガキのピクニックじゃねぇんだぞ…毎回人が大勢死ぬ」





何を言っているのだろう、と思った
絵の中だけの自由に憧れて兵士になりたいという少女も
その命を惜しむように止める自分も





「でもやるの!」


「お前には無理だ」


「やる!」


「…勝手にしろ」





やるから!と騒ぐのを無視して踵を返し廊下に出ると、ぱたぱたと慌しい足音が着いてきた

歩いたまま右手が後ろに軽く引かれる




「ほんとにやるんだからねっ」

「ああ好きにしろ」





掴まれた中指と薬指を握る力が強くなるのを感じた


こんな小さな手が大きくなってあの刃を握りその手で巨人を屠ることになる
何も知らない澄んだ瞳がいつか絶望に濁る


あの母親は止めるだろうか
止められたところで、こいつは諦めるだろうか



リビングに戻り椅子に腰掛けると、さっきと同じ様に膝の上に飛び乗ってくる
じろりと睨むと、最初よりもどこか得意げな笑顔で振り返った

周りも気持ち悪い顔で笑って見つめてくる

本当に今日は気分が悪い



こいつの将来など見当もつかない
所詮、全て俺には関係の無い事だ

好き好んで自ら兵士を目指す奴の気が知れない


しかしまあ万が一ここまで登り詰めることが出来たなら、認めてもいい
お前はただの馬鹿じゃねえと







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