たとえば僕が、 | ナノ



幼馴染である諸伏景光とその恋人とは、自分とも幼馴染だった。
少し人見知りだけど、心を許せばすぐにけらけらと笑って楽しい子ども時代を過ごした、と思う。
幼馴染であり、ヒロが彼女と一緒になってからは連絡もあまり取らないようにしていたし、ましてや普通の警察官とは違う僕達は彼女を守るためにももうずっと会っていなかった。


ヒロの恋人は当たり前だが上手く隠されていて、僕にすら居所を教えてくれなかった。こんなことなら、ちゃんと連絡を取っておけばよかったと後悔した。


『ほい、代わるか?』

『いいよ別に』



たまにヒロが彼女と連絡を取り合うのを目撃してその度に電話を代わるかどうか聞いてくれたのに全て断っていた。一度くらいは受け取っておけばよかったなと。もう後の祭りだが。


ヒロと潜入捜査官として黒の組織に居た。この国を守るため、同じ志を持つ、仲間だった。




あの日、ヒロが死ぬまでは。





『……スコッチ』




ライや組織の目がある以上、本当の名前を言うことはできなかった。
───もう動かない心臓、冷たくなる身体。

ずっと傍にいた相棒が死んだ。

ヒロの元に向かう僕の耳に響く一発の銃声。後ろに倒れ込むヒロの心臓には赤く染まった血が広がっていた。
初めは同じ組織のライが撃ったと思ったが、現場の痕跡を見ればヒロが自殺したということはすぐにわかった。
ライならば、止められたはずなのに。そんな憎しみが芽生えて、自分の体温も冷え切ったかのような感覚に陥ったその後のことはよく覚えていない。
次に見た時のライは頬に怪我を負っていたのを見て、あれは自分がやったんだな、と納得できた。


ともかく幼馴染が組織にNOCだとバレた以上、自分の身も危ういが、それ以上に危険を感じたのは彼女だった。
潜入捜査官である奴の恋人の存在。
彼女を巻き込まないようにと、彼女という存在を隠しきっていたが万が一組織の連中に嗅ぎつけられるかもしれない。

悲しくて泣きたい気持ちを抑え、僕は彼女を探した。だがヒロは伊達に潜入捜査官を務めちゃいない。巧妙に彼女の居場所は隠されていた。見つけるのは容易いものではなかった。
どれだけ時間が掛かってもいい、一目でも無事か確認できれば。あとは公安から警護をつけよう。
やっとの思いで見つけた彼女はそう遠くない米花町にいることがわかった。

その日は土砂降りの雨だった。ふらりふらりと傘も差さずに歩いた。無事の報告は部下から受けていたから会わなくてもよかった。ただ、泣き虫だった幼馴染の顔を見ておきたかった。

会って何を言えばいい。
あいつが死んだということを言うのか?



彼女の住むところのセキュリティはザルだ。こんなオートロックもない部屋に住んでいるなんて、知らなかった。無事とはいえ事は一刻を争うかもしれない。
チャイムを押そうとする指は寒さと恐怖で震えていた。
もう何年会っていないだろう。


警察官になってすぐだったか、彼女はまだ学生で、すれ違い生活でとうとう喧嘩が勃発したと。
彼女からも、ヒロからもそれぞれ愚痴が飛んできたので困った僕は二人の仲を取り持った。もう何年前だったか。

『俺の帰るところはいつだって名前のところだ!』

こっ恥ずかしいヒロの台詞に僕も照れてしまったし、もう勝手にやってろよなんて思ってその場を後にしたな。
懐かしい思い出に思わず頬が緩むのがわかる。

唇を噛み締めてチャイムを押した。



───────


『いつかは結婚したいんだよな』

『あぁ、いいんじゃないか。でも今は……』

『公安だからなぁ。それに巻き込みたくはないし。でも』

『いつかは?』

『おう。いずれ一緒になりたいと思うよ、この任務が終われば。無事に生き残らないとな。……なあ、ゼロ』



プロポーズも指輪もまだだけどと学生時代の時の笑みを浮かべていたのに幼馴染は煙草の煙を吐きながら突如、真剣な顔をした。


『もし俺の身になにかあったら名前の傍にいてくれるか?』

『何を言ってるんだ。お前の女だろ?それに勝手に死亡フラグを立てるな』

『……この戦争が終わったら、ってやつ?確かにフラグだな。まぁ、ぶっちゃけゼロのが長生きすると思うからさ、頼むな』


最後は茶化しながら言うから俺も黙って背中を叩いた。


……しっかりフラグを回収していったな。
お前のやるべきことはできていないじゃないか。ぷかぷか浮かぶ煙草の煙に幼馴染は消えていく。




「ヒロ……!………夢、か」


汗が酷い。懐かしい夢であり、悪夢でもあった。部屋をキョロキョロと見回す。
見慣れない部屋に寝惚けているのかと思ったが昨日の出来事をすぐに思い出す。



『ぜ、ろ…?』


数年ぶりに見る彼女は何も変わらなくて、予想外の人物だったのか目を大きく開かせ驚いたあと、泣きそうな顔で僕を呼んだ。
待ち人は僕ではない。当たり前だけどどこか自分も悲しくなった。


嘘を吐けなかったな、と思う。
任務で忙しくてしばらく帰ってこれない───そんな一時凌ぎの嘘でもいいから、彼女を、名前を安心させたかった。
ヒロがこの世にいないというのは、勘がいいのかなんとなくわかっていたのか、聞きたくないというように僕をすぐに抱き留めた。
泣くかと思った名前は逆に僕を包んでくれた。安心させられたのはこっちのほうだ。恥ずかしい。こちらは泣くつもりじゃなかったのに。


名前は一晩中僕を抱きしめてくれた。大丈夫、大丈夫だからと赤子をあやすように優しく。怪我はないか、と心配すらされた。


彼女のベッドを背もたれにし、掛けられた毛布を握りしめた。
名前の姿は見えないが、キッチンからいい匂いが漂っているのでそこにいるのだろうか。
またうとうとして目を閉じる。久しぶりの誰かの手作りの匂いを感じた。
名前の気配が近づいて、ゆっくり目を開けると、おはようと声が掛けられる。


「おはよう名前」

「その体勢でちゃんと寝られた?朝ご飯食べるでしょ?」

「いや……」

「食べるよね?……昨日より隈はマシだね」


有無を言わせず立ち上がらされて、洗面所へと誘導された。どうやら顔を洗えと言いたいようだった。鏡を見ると名前の言うとおり、隈は大分引いていた。
昨日から、お風呂だったりとやけに強引だ。昔はそうではなかったような、あいつの後ろにしょっちゅう居たな、とふっと笑えば、腹の虫が鳴る。



「……」


どんな状況でも生きていれば腹は空く。


そうだ僕は……


俺はまだ死ねないな。



頬を叩いて気持ちを鼓舞する。後悔する時間なんてない。




洗面所を離れてリビングに戻る。昨日荒れ果てた部屋とは同じ部屋に見えなかった。いつの間に片付けたのだろうか。俺が眠っている間としか考えられないが、物音に気付かず寝てしまっているとは不覚だった。

テーブルの上に配膳された食事を見てごくりと喉を鳴らす。名前の居場所を探すのに必死であいつの死からまともに食べていなかった。
名前はもう席に付いていて、急須からお茶を入れているところだった。


「はい、お茶」

「ありがとう頂くよ。……いま、話したいことがあるんだ」

「……聞きたくない、は逃げだよね。……うん、聞くよ。でもご飯ちゃんと食べてね」

「……いただきます」

穏やかに笑った彼女は肚を括ったのか、肩を竦めて俺を見る。いただきますと手を合わせたので僕もそれにつられて手を合わせた。


一口、卵焼きを食べてからまた涙が溢れそうになった。味噌汁も、煮物も。内容は典型的な朝食メニューだが、味はヒロが作ってくれたものと同じだったから。
いや知っているのだ。自分はヒロから料理を教わったけど、元はヒロも名前から覚えたのだと。
たまに作るヒロのご飯は美味しかった。まさか、またここで同じものを食べられるとは思っていなかった。


「美味しくなかった?」

「違うんだ。…美味しいよ………すごく、めちゃくちゃ」

「おかわりもあるから言ってね?」


もうごまかしても無理だと悟った俺は正直に話しだした。


あいつが潜入捜査官として生きていたこと、捜査中に公安警察だということがバレてしまい、実質殺されてしまったことを。潜入していた組織の手が彼女に及ぶかもしれないと。

────そして、あいつの遺体はすでに火葬され、骨ですら会わせることができないと。



「……すまない」

「……彼は、覚悟の上で仕事してたんでしょう?なら、私には、何も言えない。……貴方のほうが危ないんじゃないの?」

「え……」


静かに箸を置いて、名前は俺を見た。ちゃんと、俺を俺として見ているのがわかる。


「景光のことしか話してないけど、きっと貴方も同じ立場なんでしょう?でも、零だけでも無事でいてくれてよかった。じゃなきゃ私は、景光が………いなくなったことを誰からも教えてもらえないのよね」

「……!」


事実だった。もしヒロと名前が婚姻関係にあれば
何らかの形で彼女は知ることができただろう。もし、俺もいなければ、彼女はいつまでも待ち続けたのか。あの荒れ果てた部屋のように彼女の心も荒みきって。
名前、と呼んで彼女と目線を合わせる。


「うん?」

「しばらく君を保護したい」



きょとんとして、名前は噛み締めるように復唱した。


「…保護」

「さっきも言ったように、君は狙われているかもしれない。別の家の用意もできている」

「……ここは景光と過ごした場所だから、この家を離れたくない」



合わせた目を伏せ考え込む名前。頭の中であいつを思い浮かべているのだろうか。ぎゅっと結ばれた唇を噛んでいる。



「名前」


もう一度、強く、名前を呼ぶ。
決して怒りを含んでいないように、でも拒否権なんてないのだと、卑怯だとわかっていても、だ。


「不思議ね、私はあの人の最期を見ていないから、まだ実感が沸いてないの。零が嘘をつく人じゃないから、信じてないわけじゃないの」


でも、と彼女は言葉を続ける。


「あの人の代わりに零が来てそう言うってことはあの人の意志と同じなのよね。私に生きてほしいって」

「!あぁ…」


了承の意と捉えた俺は名前が作ってくれた食事を急いで食べ終える。
昨日の雨で濡れた服は乾かされていたので、着替えて玄関に向かった。


「慌てて食べたら消化に悪いのに」


と、壁に寄り掛かりながら彼女は言う。


「うん、でも行かなければならないとこがあるから。夕方までに迎えに来るから、必要なものを纏めておいて。あと、寝てないだろ?少し休んでくれ」

「わかった。……ゼロ、ありがとう」


玄関の扉が閉まる前に手を振り昔のあだ名で呼ばれる。久しぶりで懐かしかった。


扉が閉まり静寂な廊下。背後から扉越しでもわかるすすり泣きが聞こえてきた。聞こえないだろうが、すまない、と謝った。

一番泣いて喚きたいのは彼女だったはずだ。それなのに逆に慰められ情けない。
今すぐこの扉を開け、彼女を抱きしめてもよかった。
でも待っているのは俺じゃない─────。


もう一度、心の中で謝ってから、静かにその場を後にした。







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