好きな人がいます。声に出して好きと言ったことは少ないけれど、彼は私の気持ちを汲んでくれた。
たくさんの愛をくれた。
プライベートでも、仕事でも。
彼と同じ部署にいるのに、同じ仕事ができないのは少し寂しかった。私を深く巻き込みたくないという彼の気持ちも知っているのだ。
しかし私は公安警察という肩書で誇りを持って職務に就いているのだ。この国を、守りたいのは私も同じ。危険なことはわかりきっている。
『また怪我して……』
『少しトラブルが起きただけさ』
『心配するから、少しは気をつけてよね』
『ああ』
私と彼の会話が流れてくる。
心配する私の声に彼は気をつけるよと笑顔で返してくれるけど、守ってくれたことはなかったな。
あれ、私なにをしてたんだっけ?
此処は?私は?彼は、何処?
『……っ!!名前……』
遠くから私を呼ぶ声がする。
とても安心できる愛しい声。
あの声はーーー
「れ……い……」
「名前……」
ツン、とくる消毒薬の匂い。
全身が痛くて、動かせない。
ゆっくりと視線だけ動かすと私を呼んだ声の主が泣きそうな顔をしていた。
初めて見る彼の表情だった。
「わた、し……?」
ああ、そうだ。
私はとある組織のとある企みを掴み、彼の命令により、尾行捜査を開始していた。決定的瞬間を捕える直前に組織側に見つかり、カーチェイスを繰り広げた結果、こうなったというわけか。
それにしても、なぜ彼がここに居るのだろうか。職務上、こういった場には出ないようにしているのに。
「……寿命が縮まるかと思った。いつも名前が僕を心配する気持ちがわかったよ。でも、もうこんなことは懲り懲りだ」
「迷惑、かけてごめんなさい…」
視線をさらにずらすと側に置かれた私の携帯電話が見えた。血まみれだけど、私の指の跡がくっきりと残っている。
そういえば最期になるかもしれないと覚悟して必死でメールを送ったんだった。
愛してる、と。直接言えなくてごめんなさいとボタンを押す指が震えたのは事故の影響ではないはずだ。
だけど送信ボタンを押したかどうかは記憶にはない。
「ね、ぇ……メール…届いた?」
掠れ掠れの声に零は私を睨んだ。これは届いてるし、怒っているな…。
「…はぁ。説教は治ってからだな。あと勝手に死ぬことを選ぼうとした罪は重い。処分も覚悟しろ」
「…はい」
「出来うる限り僕の下に就いてもらう。何があっても僕が名前を守れるように」
「え、」
「今日はずっと付いているから、もう少し眠るといい」
さっきまでの険しい顔が柔らかくなって微笑んだ彼。目が合ってから、私の目が彼の手によって伏せられる。目の前は真っ暗だけど、
「あ、あの……零…?」
「なんだい?」
「さっきの、本当?」
「その話は早く治してからだな」
「零の傍に居られるの?」
少しの間のあとにあぁ、と小さな返事。その言葉がなによりも安心できた。安心したら、一気に眠気が押し寄せてきた。
「零、好きだよ」
「驚いたな、君から言ってくれるなんて」
「伝えられるときに伝えておかなきゃ、後悔……しちゃうから……」
そう言って、目を閉じてすぐに寝息を立て始めた名前。少し話しすぎたか。
包帯があちこちに巻かれ痛々しい姿になっているが見た目ほど重傷でなかったのが幸いだった。
彼女が居なくなったらと考えたくないが考えてしまった。
名前の存在こそが僕の弱味。
「もう少し、そのことを自覚してもらわないとな」
ベッドサイドの椅子に座り彼女の手を握って目を閉じた。日付はもうとっくに変わっていた。少しくらいなら休めそうだーーー
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180423