「……はい、わかりました。ありがとうございます。………ふぅ」
同僚からの電話を切って息を吐いてから、少し離れた先のカジノタワーを見上げる。完成したばかりだというのに随分とボロボロになってしまった。それでも大きな犠牲はなさそうに見えた。
スマートフォンをポケットに直してもう一度、ゆっくりと息を吐いた。"彼"もどうやら無事だという報告も受けたし、後の始末は私の仕事だ。
くるりと踵を返して今後の対応を考えながら私も現場に向かおう。車に乗り込んでエンジンを掛けたとき後部座席の窓ガラスからコンコンとノックがして振り返る。
「……降谷さん!」
左腕を負傷した"彼"こと上司である降谷零がそこにいた。さっきの電話では風見さん経由で無事だと聞いていたけどその怪我は無事の領域ではないのでは。後部座席のドアのロックを急いで解除した。
「苗字がここのポイントにいるっていうことを思い出してよかったよ。助かった」
といいつつ車に乗り込む降谷さんはシートに血が付着しないように気遣う素振りを見せる。
「……病院行きますか?」
「いや。止血はしているからもう大丈夫だ。しかし参ったな…」
「何がですか?」
「また車を調達しないとな」
と、彼が言って、ああと納得した。この姿で現れたということは彼の愛車は修復不可能な状況になっているのであろう。
……無茶をする、というよりも無茶しかしない人だ。命は一つしかないのに。人をどれだけ心配させるのだろうか。
「一先ず、風見と合流する。運転任せていいか苗字」
「はい。でも風見さんに会ったら強制的に病院に連れて行かれると思いますよ」
「そうかな。……名前」
「……仕事中ですよ、降谷さん」
後ろから右手が伸びてきてシート越しに抱き締められる。
「名前」
「零。運転できないじゃない…」
回された腕におずおずと自分の手を置く。プライベートモードの口調は久しぶりすぎて変な気分だった。零のぬくもりも、そう。
サミットの件もあり公安は忙しなかった日々だったし、私もまた公安警察として別件の仕事もあったので今日、顔を合わせるのも本当に久しぶりだった。
「なんだか久しぶりに名前の声を聞いて、やっと落ち着いた気分だ」
「……あの小さな探偵くんと何かあったの?」
今回の件で今の今まで零とは直接的な会話をせず、風見さん経由でのやり取りだったが、"公安警察"という組織のやり方を
だいぶ知らしめたらしいーーー特に零が気になって仕方ない少年と最終的に上手く協力できたとの報告を受けたばかりだ。
「また話すよ。愛は偉大だっていうことをね」
「?」
「さ、運転宜しく苗字」
ポンッと肩を叩かれて腕が離れていった。仕事モードになった零……いや降谷さんとバックミラー越しで目が合った。
聞ける範囲での話はまた後日聞くとしよう。
「あ、降谷さん」
「なんだ?」
「おかえりなさい」
「……ああ」
そう目を閉じた彼がただいまと言った気がして、私はようやくアクセルを踏んだ。
20180420