DCshort | ナノ
彼はもう何日帰っていないだろう。いや、そもそも潜入捜査をしているのだ。
普段は別の名前で借りている家で寝食を過ごしている。

それでも少しでも一緒に居られるようにと同じ部屋に住むことにしたけれど実際のところ"一緒に居られた"のは両手で数えられるくらい。
お互い同じ職に就く身だけど、寂しいーーそれくらい思っても許される。言葉にはしないけど。




コップに水を汲み、飲み干した。

寝苦しい夜だ。日付は変わったけれど、昨日、非番だった私はこれでもかというくらいに惰眠を貪った。そのツケが今。深夜2時だ。


明日からまた仕事。朝だってそこそこ早い。寝ないと、とは思うけど、思えば思うほど眠れない。自業自得の溜息を零してキッチンのシンクに両腕を掛けて、床に視線を落とした。

梅雨も明け、暑くなってきた。夜もまた、暑すぎて、湿度を含んだ空気が肌に纏わりついて不快だ。

ちらり、と棚においてある梅昆布茶の容器を見る。誰かさんが安眠の秘訣として置いているそれを見て首を振る。この暑いのに梅昆布茶を飲むなんてない。うん、ない。のにその容器を手に取る。


「水に溶かせば、冷たいかな…」


それはそれで効果が薄まりそうだ。うーん、と首を捻り、棚にそれを戻して寝室へと足を進める。枕元に置いてある携帯が定間隔で光っていることに気付く。
さっきまで充電していた携帯のランプは緑だったのに今はちかちかと黄色に点滅していた。


特定の人物に設定しているその色は着信を告げていた。ーー珍しい。この時間に電話とは。

携帯を取り、履歴を見れば僅かに1分前。掛け直そうかな、なんて考えていたら、再び着信画面に変わる携帯に躊躇いなく画面をタップした。


「もしもし?」

「起こした、か?」

「いえ、起きてました」


そうだろうな、と笑う声が耳に浸透する。降谷さん、と電話の主を呼べば、うん?と返ってきた。


「お仕事は終わりですか?」

「あぁ、これから帰ろうとしていた。君、今日は非番だったろ?どうせ一日寝てたから今頃眠れない夜を過ごしてるんじゃないかと思って」

「……む、そう思うならこっちに帰ってきてくださいよ」



ぽふりと、一人で眠るには広すぎるベッドに身体を預けて、少しだけ駄々をこねてみる。私は貴方との家に居るというのに、貴方は今日もここには帰ってこない。最近は二人で会うこともないでしょ?なんて更に彼を困らせるような言葉は流石に言わないでおいた。前述の通り彼の忙しさもわかってるのに、な。でもその言葉一つすら、咎められると思っていた。



「そうすればよかったかな」



無茶言うなよって、忙しいのわかってるだろ、そう言われると思っていた。それほどまでに私達の仕事は忙しい。



「……降谷さん」



うん、とまた返ってきたその言葉はさっきよりも弱々しげだ。胸が詰まりそうな気分になりながら、私は精一杯の声で会いたい、とつぶやいた。飲込んだままの言葉を吐き出した。


「寂しい、です」

「……名前。…待ってて」






優しいトーンでそう言われて、はい、と返した。それから電話を切ってリビングのソファに三角座りをして彼の帰りを待っていた。



ーーーカチャカチャと扉の鍵が開く音。あ、思ったより早かったな。ちゃんと安全運転してないだろうな、静かな足音なのに焦ったようなその音はくすり、と笑みが溢れたのが自分でもわかった。




「おかえりなさい」


リビングの扉が開いて、振り向いた。廊下からオレンジの蛍光灯が彼を照らしている。


「電気も付けずにここにいたのか?」

「ふふ。久しぶりのお小言」

「小言ってなあ…」

「零さん」


ぽすぽすと私の隣のスペースを叩く。肩を竦めて零さんは私の隣に腰掛けた。その膝に頭を乗せる。


「やけに甘えたじゃないか」

「駄目ですか?」

「いいや?君にはいつも寂しい思いをさせているからな。存分に甘やかしたいと思っているよ」

「、恥ずかしいこと言わないでください」

「珍しく素直に甘えてくる恋人が目の前にいるんだ。僕も素直になるさ」


散らばった私の髪を一房手にとってキスをされる。暗がりの中、目はもう闇に慣れてしまったのでその光景がよく見えた。


「……っ」

「照れてる?」


ぷいっと顔を逸らしたかった。零さんの大きな手のひらに阻止されたけど。


「名前」


右手で頬を包み込まれて、零さんの匂いが近づいてくる。ブルーの瞳が私を捉えて離さない。


「……ん、」


音もなくキスをされる。
つんつん、と啄むように贈られ、小さく口を開けば、零さんの舌が侵入して優しく蹂躙される。両手を背中に、首になんとか回して距離を縮める。ああ、この体勢は流石に零さんがキツいかも。
でも久しぶりのキスが気持ちよくて、脳が溶けそう。



「ふ、」

「はは、かわいい」

「…む」

「名前」



ダイレクトに耳元で囁かれる自分の名前に、身体の芯がきゅんとする。もっと。



「もっと、呼んでください、零さん」

「参ったな。加減ができなくなる」



ふふ、とおでことおでこをこつんと合わそる。吐息すら、快感に繋がる。びくりと震えた身体を零さんは起こして私の顔を覗き込む。



「もう3時、か。せっかく寝かせてやろうと思ったのに、諦めてくれよ?」


ギラリと光る目はまさしく獲物を捉えるそれ。ゴクリと喉を鳴らして今度は私から噛み付くようなキスを送った。







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