DCshort | ナノ
今日はポアロのシフトが夕方まで。残りは梓さんに任せてバイトを上がった。
今夜は僕の恋人がごはんを作ってくれるというので軽快な足取りで家路に辿り着く。

ただいまと帰宅すれば、おかえりの言葉と出迎えてくれる名前さんの姿が見えなかった。

いつも履いている白のパンプスはきちんと並べて置かれていたので、確実に部屋の中にはいるはず。

ということは眠っているのか、とすぐに思い至り、そろそろと我が家なのに忍び足で部屋の奥に進む。



「名前さ……」



言葉に詰まる。彼女は確かに僕の家にいた。リビング兼寝室にある座椅子に腰掛け、開いたままの本を片手で胸に抱え込み器用に眠っている姿が見えた。ごくり、と息を飲む。

近づいてみても起きる気配はなかったので、きらきらと夕陽に照らされて輝く髪を一房手に取る。丁寧にケアされた髪は毛先までサラサラと僕の指を滑り落ちていった。


ーーーすぅすぅ
規則的な寝息が彼女がちゃんと生きていることだと安心した。
本を抱えていない投げ出された手を取る。その温もりが優しく感じてそっと甲に口付けた。

「名前さん…このままでは身体を痛めますよ?」


そう声を掛けても、その双眸は開く兆しもなく、仕方ないかと、本をそっと取る。シャーロック・ホームズの本だ。そういえばポアロでシャーロキアンのコナン君が彼女に熱く語っていたこともあり、今度貸すよ!と言っていたことがあった。
ということはこれはコナン君からの借り物ではないのかーー開いたままの本のページを見ると折れたり汚れたりはしていなかったのでテーブルに置いてあった栞を挟んで閉じておいた。



「ん…」

「名前さん?」


流石に起こしてしまったかと思い名前を呼んだが返事はなく、しかし開かれた目は僕をしっかり見ていた。
焦点は定まっていないけど。


「…」


まだ寝惚けているようだ。このまま寝かせてあげたいのはやまやまだったが、今夜眠れなくなるかもしれない。
彼女の寝顔はいつまででも見ることはできるが、その目を開けてずっと僕を映してくれたらいいのにと変な我儘を言いたくなる。


「あ、むろさん…」

「起きました?」


ようやくその唇から僕の名前が紡がれる。顔を近付けて、にっこり微笑めば、まだ意識ははっきりしていないのかいつもなら赤くなる顔も変わらないまま。


ぐらりと頭が揺れて僕の方に力なく倒れ込む。腕は背中に回されて、たどたどしく僕の名前を呼んだ。


「名前さん?」


また寝息を立て始める名前さんの背を赤子をあやすようにぽんぽんと叩く。
今夜眠れないかも、なんて言葉は前言撤回で、このまま寝かせておこうかなんて思いながら彼女の腰を支えて後ろのベッドに寝かせようとしたら、お腹が鳴った。……僕のだ。



「あ、安室、さん?」

「起こしました?」


さっきまで起こそうとしていた奴の言葉じゃないな、と思いながら名前さんの顔を覗けばぱちぱちと瞬きをして僕の姿を見て驚きの声を上げた。



「あれ、いつのまに」

「気持ちよさそうに眠っていたので、ベッドに移動しようとしてたんですが」


その必要はなかったみたいですね、といえば顔を真っ赤にする名前さん。


「わああ、すみません…!しかも、お腹鳴ってましたよね…」
「いえ、こちらこそ…恥ずかしいな、貴女に聞かれたなんて」


自分のお腹を撫でて、頭をかく。これは本当に恥ずかしかったが、顔に出さず、カラ笑いをすれば、「お昼ちゃんと食べました?」と返ってきた。


「夕食は名前さんが作ってくださるということなので軽めにしてたんですが…」

「ご、ごめんなさい。本を読んでたら段々眠くなっちゃって。下拵えはできてるんですぐに用意しますね」

「お手伝いしますよ」

「駄目です。安室さんはお仕事から帰ってきてお疲れでしょう?座っててください!すぐにお茶淹れますね」


強くそう言われれば、はいと頷くしかなかった。この尻に敷かれた感はなんとなく心地よい。彼女は台所に向かってしまったので僕もおとなしく先程彼女が眠っていた座椅子に座り、小説を開く。
以前も読んだ本なので内容は知っているがどうも落ち着かない気分だ。



「安室さん、お茶どうぞ」

「あぁ、ありがとうございます」



若葉色の水色に香ばしい香りが鼻を通る。彼女の淹れてくれるお茶はどれも美味しく頂ける。
自分が淹れるものとは確実に違うのだが、何度同じように真似ても上手く行かないのでさすがの僕も諦めた経緯がある。それにそんなことをしなくても彼女に頼めばいいと気付いた。



「毎日美味しいお茶が飲みたい」

「ふふっ…そこは毎朝お味噌汁を作ってくれないか、じゃないんですか?あ、でも私、安室さんより美味しいお味噌汁作れる自信がないのでこっちでいいかもしれませんね」





名前さんはけらけら笑う。目を細めて微笑む様が可愛くて自分の胸に引き寄せた。わ、と驚く彼女をしっかりと捕らえて耳元に唇を寄せた。



「食事よりも先に貴女を頂きたくなりました」

「ふぇっ…?!」


そう低く囁けばぴくりと震える肩。その動作も愛おしくて、耳を食んだ。
この平和がいつまででも続けばいいのに、と叶わぬ願いを思い、彼女を押し倒した。






180612















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