"これから行く"、そのメールが嬉しくなる。
忙しい恋人からの連絡は1ヶ月以上振りで、胸が踊った。
待ってます、と返信して、冷蔵庫を開けた。
いつ恋人がきてもいいように、冷蔵庫の中身はいつだって補充している。
彼の好きな和食にしよう。と献立を考え、すぐにお風呂に入れるように浴槽に湯を張り、料理にとりかかる。
最後にお味噌汁の味見をして上手くできたと自分で感心していると、インターホンが鳴った。
「おかえりなさい、零さん」
「、ん」
扉を開けると、疲れた顔をした恋人……零さんがいた。私が声を掛けるとぱぁぁっと効果音がついたかのように笑顔になって私を抱きしめながら玄関に入る。
「ただいま名前…」
「ちょうどご飯ができたとこなんですけど、先にお風呂入ってきてください」
「んー……もう少し」
ぎゅううっと力強く抱きしめられて久しぶりのぬくもりを私も感じていたかった。そっと背中に手を回して、もう少しだけ、その状態でいることにした。
お疲れ様です、と言えばうん、と返ってきた。
零さんがなにをしているのかは教えてくれないけど、大変な仕事をしているというのはわかる。
それは常に危険が伴っているということも。こうやってなかなか会えなくても、今日みたいに私のところに帰ってきてくれる。零さんの帰るところになれるのが私は一番嬉しい。
「名前、苦しい」
「あ、ごめんなさい」
無意識に強く抱きしめ返していたみたい。もう一度ごめんなさいと言うと、零さんはゆっくりと私を離した。
「泣いてる」
「泣いてないです」
「…連絡できなくてごめん」
ちゅっと、私の目尻に浮いた涙を唇で吸い付かれた。くすぐったくて身体を捩る。
「仕方ないですよ。気にしないでください」
「なかなか、どこかに連れて行ったりとかできないし、いつも家で悪いと思ってる」
「…零さんがこうやって無事でいてくれるのが何よりなんですよ?」
耳を零さんの心臓に当てて、生きてくれていることを実感する。どくどくと規則的な音が心地良い。
「名前…」
「それにこれ以上謝ったら怒りますよ?
」
「それは怖いな……ん、いい匂いがする」
すんすんと零さんが鼻を鳴らす。
「零さんの好きなお味噌汁ですよ」
「名前のご飯食べたい」
「その前に……」
ーーーーー
「風呂、ありがとう」
「ちゃんと浸かりました?」
「ああ、久しぶりに」
「もう、忙しいからってシャワーだけで済ませちゃ駄目ですよ。ご飯、食べてました?」
「……栄養ドリンクとか、最近のチャージ飯は便利だよな」
お風呂から上がった零さんはまだ濡れた髪でタオルを首にかけて戻ってきた。
不健康な食生活を聞いて不安になる。
「忙しいのはわかりますけど、食べられるときは食べてくださいね。零さん、ご飯の前にこっち」
テーブルに並べられたご飯を今すぐにでも食べたそうな顔をした零さんは渋々私のもとにきた。
首にかけていたタオルをとり、零さんの髪をタオルドライする。
「ちゃんとドライヤーしてください」
「んー…」
「起きてます?」
「起きてる」
気のない返事は早く食事にありつきたいからなのか、どこかそわそわした零さんにくすりと笑う。
「はい、できました。ご飯すぐよそうので待ってくださいね」
ーーーーー
「ご馳走様でした」
「お口に合ったみたいでよかったです。明日は朝早いんですか?」
「昼からだからゆっくりできるよ」
「そうなんですね」
談笑しながら食事を済ませ、食器を片付けて洗い物をしていると、手伝いに来る零さん。洗った食器を拭いていってくれる。
「お疲れでしょうし、先に寝ていていいですよ?」
彼がこの家に来た時点で21時を回っていた。お風呂とご飯を済ませるともう23時過ぎだった。徹夜続きだと彼は言っていたので、もうゆっくり眠ってもらいたいというのが私の本音なのだけど、彼はそうでもなかった。
「風呂とご飯頂いた挙句に家主より先に寝るのは失礼だろ」
「ええっ……私は気にしてませんよ?なら、テレビでも見ながら座っててください」
「たまの逢瀬なのに冷たいじゃないか」
「たまの、だからじゃないですか。零さんには甘えてほしいんですよー」
ね、と首を傾げて零さんを見る。まいったな、と顔を隠した。食器を洗い終わって手を拭くと、見計らった零さんに抱き上げられる。
「きゃ…!」
「ほんとにお前は……いちいち可愛い」
「いちいち?!」
「かわいい」
そう言うなり顔中に降るキスの嵐。寝室のベッドに降ろされるとあっという間に組み敷かれた。
「えっと、その……零さん?」
「デザートの時間」
「私お風呂まだなんですけど…」
「甘やかしてくれるんだろ?」
にっこりとウィンクまでされる。
いただきます、と言うようにキスをされ、目を閉じた。
たまにしか会えない可愛くて忙しい恋人さんに食べられる時間はどんな素敵なところに連れて行ってくれるよりも好き。会えなかった期間を埋めるように、彼の首に腕を回した。
180512