江戸川コナンは最近気がついたことがあった。居候している毛利小五郎探偵事務所の下に構えている喫茶店に新たな常連客が増えたことを。
アイスコーヒーを飲みながらカウンターに座る女性を見る。お目当ては女子高生たちに人気の安室透なのは間違いないようなのだが、彼女は学生ではなく社会人のようだった。それも珍しいものではなかったが、たぶん彼女は彼の恋人だろう、とコナンは思った。
以前は店の前で恋人のような雰囲気を醸し出し仲良く帰っていく背中をポアロの中から見送ったこともある。
「恋人いるんだ…」
また、安室透に嘘つき、と言いたくなったが、それは飲みこんでおく。
コナンの隣で談笑する毛利蘭と鈴木園子も同じことを考えていたのか、あの人ってーーーと視線を彼女に移しこそこそと話す。
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「後ろからの女子高生の視線が痛いわ…」
「あはは…まあそれは仕方ないので」
「で、あのお坊っちゃんが例の小さな探偵さんなのね」
「ええ。面白い子ですよ」
「ふぅん…」
いつもの定期報告と私を紹介したい人がいるからポアロで、と連絡があり、店に足を運んだ。
お互いに雑談を交えながら報告をしていると窓際に座っている女子高生たちの視線があまりにも痛すぎて安室透に苦言を呈するが、あっさりとスルーされる始末。
ロングヘアーの女の子の隣にいる眼鏡をかけた子どもが噂の小さな探偵さんということを知る。
何度か見たことはあるけれど、そういえばちゃんと話したことはなかった。
「ねえねえ、貴女、安室さんとどういう関係なの?」
「そ、園子!!」
カウンター席に腰掛ける私の隣に同じように腰を掛け、話しかけるのは先程まで私を痛いくらいに見ていた女子高生だった。ロングヘアーの女子高生は慌てて彼女を咎めた。
「だって気になるじゃない!最近よく見かけるし」
「だからって…。すみません!友達が変なこといって」
「もしかして安室さんの恋人なの?」
女子高生二人の会話に紛れ込む少年の声。この子が、江戸川コナン。
にっこりとよそいきの笑顔を浮かべ頷いた。
「ええ、そうなの」
「やっぱり!」
「ごめんなさい、透さん。ばらしちゃったわ」
「構いませんよ。そろそろ彼女たちに紹介しなければ、と思っていたので」
にこにこと笑顔を振りまく私と安室透。職場のみんなに見られたら引かれるな、これは。
「あら、じゃあ自己紹介しないと。苗字名前と申します。いつも彼がお世話になっています」
ぺこりと頭を下げると彼女たちも挨拶を返してくれた。
ロングヘアーの女の子は毛利蘭。安室透が"お世話"になっている毛利小五郎の娘。
私に話し掛けた女の子が鈴木園子。あの鈴木財閥の娘だそうだ。
「僕は江戸川コナン!よろしくね!苗字のおねえさん!」
「蘭ちゃんと園子ちゃんとコナンくんね。よろしくね」
「でもびっくり!名前さんみたいな綺麗な人は逆に安室さんには勿体無いんじゃない?」
「ちょっと園子、馴れ馴れしいってば」
「いいのよ、気にしないで?」
そのまま彼女たちの席に移動して女子高生のマシンガントークに付き合うことに。
どこで出会ったのか、どう告白されたのか、と恋愛トークは久しく友人たちと会っていない私には新鮮な会話だった。
蘭ちゃんや園子ちゃんの彼氏の惚気も聞いて、今より若返りそうな気分になる。
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「どうだった?」
「若いなぁって。つい10年前は私も高校生だったのに」
脱衣所のボックスにタオルを補充していると、お風呂中の零から話し掛けられる。夕方のことを話していることはすぐにわかったので、素直に感想を述べる。
「同時に懐かしくなったかな」
「懐かしい?」
「私もああやって蘭ちゃんたちみたいに恋の話をしていたこともあったんだから。そう考えるとあのときの友達は元気にしてるのかな」
「そういえば友達と会うという話は君からは聞かないな」
「仲良い友達はみんな中学時代の子たちが多いし。知ってるでしょ?昔は私も関西に住んでたの。仕事のせいにはしたくないけど、忙しいしね」
脱衣所の壁に凭れながら、指を折って数えた。公安に異動してからほんとに連絡しなくなったな。といってもまだ2年程。もう2年、か。警視庁に入庁したのはもう少し前だけどそのあたりから会っていない。
みんな結婚して、子どももいるんだろうな。同窓会の知らせは来るけど行けないことが多い。
そんな考えを見透かしたのか、すまないと聞こえてきた。私を警備企画課に引き入れたのは彼。
「零、気にしてないからね。それに私達はこの国の明日を守れる仕事に就いてるのよ?貴方と一緒にいられる今が一番好きなんだから、貴方が好きなの」
「名前」
ザバッと水音が響く。零が浴槽から上がる音。ハッとしたら、浴室の扉が開かれる。バスタオルを零に投げて脱衣所から私は慌てて出た。
「ちょっと、突然現れないでよ」
「慣れないね君、僕が傷付きそう」
「もう、知らないっ」
リビングに戻ろうとしたら後ろから手を引かれる。お風呂上がりの熱い手が私の手首を掴む。
「ちょ……っん」
身体を抑えられ、首筋にキスの嵐。触れるだけのキスはくすぐったい。
「れ、い…!」
「すっごい嬉しいこと言ってくれて逆に僕が恥ずかしい…」
「っ!!」
普段、愛情表現が少ない故か、あの一言で零を照れさせたようだ。
それに関しては申し訳ないと思ってるが、本人もそんなに言わなくてもわかってるから大丈夫。たまにくれるだけで充分だよ、と甘い顔をして言うのだ。
…別に彼がツンデレ好きというわけではない。
「名前…」
零に後ろから抱きかかえられ、つま先が宙に浮く。首筋から耳に掛けて舌と唇で弄びながら寝室に運びこまれて、ベッドに降ろされる。
ぽた、と零の髪から水滴が垂れる。
「髪、乾かさなきゃ、風邪引くよ…」
「後でいい」
向かい合って見つめて、目を逸らしたいのにしっかりと顎は掴まれて、恥ずかしすぎて泣きそうになる。
「零…」
「そんな欲情的な目で煽るな、馬鹿」
「煽ってなんか、ん、」
私の目が貴方を煽るというなら、貴方のキスは私を翻弄させるなにものでもない。
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「コナンくんは混ざってこなくてよかったんですか?」
「うん、お邪魔しちゃ駄目だよね、聞いてて僕恥ずかしいよ」
「おや、コナンくんは蘭さんたちの会話の意味がわかるんですね」
「!だ、だって園子ねえちゃんからしょっちゅう聞くんだよ」
安室さんは洗いものをしながら、カウンター席に異動してきた自分に話し掛けてきた。蘭だけならともかく、あの園子に捕まればしばらくは解放してもらえないだろう。
苗字さんが少し哀れに見えた。
「ねぇ、本当に安室さんと苗字のおねえさんは恋人なの?」
「……君はほんとに鋭いねえ」
感心するような声が返ってきた。
知っているだけでトリプルフェイスを持つ男だ。一体"何処"の恋人なのかは純粋に気になった。
その質問の意図を読んだ安室さんは笑う。
苗字さんが"バーボン"の恋人ではないのは明白だった。
ふと見えた彼の彼女を見つめる表情は柔らかいものだった。
組織の潜入者としてはそこまでの関係までは築かないだろうし、そうなれば彼女も組織の人間ということになる。
それはないだろう、いや、ないと言ってくれ。
ならば安室透としての恋人かーー本来の彼の顔をそこまでは知らないけども安室という男は優しくなんでも出来る。
彼の優しさに惹かれてというのもある。
「あのおねえさんは、安室さんの恋人?」
もう一度、同じことを質問した。安室さんはまた笑って言った。
「安室透の恋人を前にも聞いたね、君は」
それははっきりと聞いた。だからこそ、嘘つきと思った。
「彼女は安室透であってそうじゃない恋人だよ。僕が帰りたいと思う大切な、ね」
それは公安警察ーーゼロとしての"降谷零の恋人"ということだ。
「そっか……嘘つきじゃなかったんだね。大事にしないと駄目だよ、安室さん」
「蘭ねえちゃんのこととなると必死になる君よりよっぽど僕のほうが必死になるよ。園子さんが言ったとおり、彼女は僕には勿体無い人だからね」
ーーーそう言う安室さんの目に強い意思が見えた。なんとしてでも守るよ、と告げているように思えた。
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