平々凡々として生きてきた。
恋愛を知らず、警官として生きるのが楽しかった。今もそれは楽しい。
憧れだった人はいた。好きとかではないけど。その人の意思はとても眩しかった。もういない憧れの先輩。
先輩から受け継いだ技術はしっかりとこの身に受け継がれていて、この場で役に立つなんて思いもよらなかったけど。
「……」
「苗字さん…」
「風見さん、ここの線を持ってもらえますか」
手に汗握るとはまさに今。持っているニッパーが汗で滑りそうだった。
とあるビルの爆破予告。イタズラであろうとなかろうと犯罪は犯罪。たまたま公安としての見回りの際に警視庁の風見さんと出会し、その場で爆発物を発見した。
爆発物処理班も別の場所での処理に追われているため急遽、知識も技術もある私が解除をすることとなった。
「にしても、政府のご要人たちが揃う中でよくもこういうことできるわね…」
独り言のように呟いた。
爆発物としては単純なもの。これくらいなら私でも可能。
思い出せ、やれる、私なら。
それは驕りでも何でもなかった。
できるという自信があった。
いつ爆発するかわからない恐怖は消え去りはしないけど、深呼吸をする。
風見さんが私を心配そうに見るけれど、にっこりと笑う。ちゃんと笑って見えただろうか。
風見さんは懐からハンカチを出して私のこめかみに浮いた汗を拭ってくれた。
「苗字さんを信頼してますから……降谷さんも許可してくれたんですし」
「そうですね」
つい先程までの上司との会話を思い出す。
『━━━というわけで、この場で私が解除します。いいですか?』
『……わかった、許可する。あいつ直伝の技、ヘマするなよ』
心配そうな声だった。でもすぐに許可をくれる降谷さん。そう、私はできる。
あの人の技術を彼も受け継いでいるから、私を信頼してくれている。
━━━ここにいる全員、無事に助ける。
パチン、最後の1本を切った。
爆発物に付いていたランプは一際大きく光って、消えた。
「解除…完了ですね」
ニッパーを置いて安堵の息を吐く。
風見さんが私にハンカチを渡してくれたので、手の汗を拭う。
「流石、苗字さん。おつかれさまです」
「……正直、1人なら不安でミスしてたかも。風見さんが居てくださってよかったです。これお願いしますね」
解除された爆発物を大事にスーツに包んで、風見さんに渡す。
「お預かりします。私は別の班と合流しますが…」
「民間人の避難の誘導は完了していますよね?」
「そのように報告は上がってます」
「じゃあ、念の為見廻りしながら下に降ります。他にも爆弾は隠されているかもしれませんし」
「わかりました。お気を付けて。何かありましたらすぐに連絡を」
風見さんに背を向けて走り出す。もしかしたら仕掛けた犯人もいるかもしれないので銃を構えつつフロアを駆け巡り、降りる。そろそろ1階に近づいてきたところ、曲がり角で人影を見つけた。
「誰?」
「その声は…」
銃口を向けて、問い掛けた。
すぐに聞き覚えのある声がして銃をおろす。
「降谷さん?!」
「どうやら無事に解除できたようだな」
「な、なんでいるんですか!」
「手伝いに━━と思ったが余計なお世話だったな」
前髪をかき上げて、やれやれという素振りで現れた降谷さんに怒りが込み上げてきた。
「まだ建物には爆発物が仕掛けられている可能性もありますし、処理班が片付けている報告もある上で、いつどこで爆発するかわからないのにのこのこと来るなんて馬鹿ですか!」
「そんなに怒るなよ…」
「貴方は指揮官でもあります。ちゃんとご自分の立場を……「苗字、僕を誰だと思っている?」
空気が変わった。
本気で今怒っているのは、降谷さんだ。そう気付いたら背筋が冷えて、一瞬強張った身体では、後ずさるのにも間があった。その隙を突いて彼は簡単に私を自分の中に納めた。
「私を信頼してくれているんじゃなかったんですか?」
「してるさ。君のことも、"あいつ"のこともな。それとも僕は君のことを駒のように扱えというのか?」
「そういうことじゃなくて」
私の背中に回される腕の力が強くなる。
「それに僕にも聞こえていたぞ。解除するときに風見がいてくれてよかったなどと。そのときどれほど僕がそばにいてやりたかったか苗字にはわからないだろう?」
「というか風見さんじゃなく貴方が居たら、貴方が解除するでしょうに…」
それもそうだと彼は笑う。心配するこちらの身にもなってほしい。
心配かけた身が言うのもなんだけど。
「名前」
「はい」
「よくやった、お疲れ様」
「……はい」
ようやくもらった労いの言葉に今日一日一番安心した。
180430