「参ったな…」
夜が空けるぐらいに名前の部屋を出る。その前に彼女の寝顔を見ておきたかった。
数時間前の激しい情事に疲れきって、眠る名前の顔は普段よりも幼く見えて、可愛らしい。
そう綺麗なんだ。本人は気付いていないけれど。ふわっとしたミディアムロングは仕事中はバレッタでまとめて、キリッとしたメイクを施しているが、プライベートではふんわりとして雰囲気が変わる。
組織にも変装が得意な人間がいるが、女性というものはメイクを変えるだけでも立派な変装になるものだな。
まあ、名前があの人顔負けの変装をしても僕は見つけ出す自信はあるが。
音を立てないよう、ベッドに座り彼女を見つめる。空は闇から群青にまで明るくなっている。そろそろ行かないと。
彼女に服を着せたし、朝食の準備も整っている。いつも無理をさせてしまうので僅かばかりのお詫びのつもりだった。
そして、先に家を出てしまい寂しい思いをさせている罪悪感も。
トリプルフェイスで生きる以上、僕に休みはなかなか許されなかった。
それが辛いとは思わない。それでも護りたいものがあるから。
休みがなくともこうやって名前と触れ合える時間が僕の休息だ。
彼女とキスをして抱き合えるだけで降谷零として安室透としてバーボンとしての疲労は癒やしに変わる。
「 」
そっと呟くごめん。━━声にはならなかった。
頬を指先で撫でる。触れるか触れないかギリギリの距離。ぴくりと、彼女が反応した。
「零…?」
「起こしてしまったな…」
いつもはぐっすりと眠りについて物音にも気付かないくらいだったので、内心驚いた。引っ込めてしまった指先は居場所を失くす。まだ、寝ていていいよ、声を掛けると少しの間があって行くの?と返ってきた。僕はそれにはうんとしか言えなかった。
よっぽど眠いのだろう、必死で瞼を動かして起きようとしている。しかしどことなく寝惚けている声だった。
居場所を失くした指先側の服の袖を握られた。
僕はさらにびっくりして名前の名前を呼んだ。
「名前」
「まだ、行かないで…?」
ズキズキ、というよりグサッと心が傷んだ。そこまでして寂しい思いをさせてしまっていたのかと、後悔した。
「まだ、行かないよ」
もう少し、彼女がもう一度眠りに就くまでは傍に居る、そう自分に、彼女に言い含めて復唱する。
寝惚けていても理解が早い名前は自分が再び眠ったらすぐに僕が出ていくのはわかっている。それでも安心したのか、頬が緩んで彼女が笑う。
「行ってらっしゃい」
「!!……あぁ、行ってくるよ」
その言葉に満足したのか、そろそろ彼女も睡魔が限界のようだった。
僕の袖から手を離してベッドの上に力無く落ちた。
「なぁ、一緒に住もうか?」
既に眠りに落ちてしまった彼女からの返答はなかった。でもこうやって彼女の非番の前日に夜を過ごすのだけでは物足りないし、寂しい思いをさせてしまうくらいなら、もう一緒に住んだほうがいいと思った。
彼女に危害がないようにと、今までは離れて住んでいたが、将来的にも彼女と一緒に過ごしていきたい。
彼女がなんと言うかはわからないけれど、きっと喜んでくれるだろう。
彼女の手に自分のそれを重ねた。
そしてもう一度噛み締めるように言った。
「行ってくるよ」
180429