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「苗字さんやつれました?」


と、デスクワークをこなす私に風見さんが缶コーヒーの差し入れを机に置いた。


「食欲があまりなくて、全然食べてないんですよ」


時計をちらりと見るとお昼過ぎ、そういや部署のみんなが居ないのはお昼に行ったからか。キーボードから手を離して肩を動かす。朝からずっとこの体勢で居たようだ。


「しかし、食べないと流石に……怒られますよ」


ははは、と苦笑を浮かべた。怒られる、とはここにいない上司であり恋人のことを指していることはすぐにわかった。


「たしかにこのままだと自己管理もできないのかって怒られますね。降谷さん怖いですし」

「え、ええそうですよ」


やや怯える風見さんに先日の話を思い出す。それでも公安かーーーと小さな探偵さんにつけられた盗聴器に気付かなかった風見さんを叱咤したと。


『君も気を付けてくれよ、殴り飛ばしたくはないからな』


と、恋人だろうが容赦しないのは目に見えてわかったので、私も早々に頷いた、という経緯があった。


「暑くなってきたし、バテてきたのかな、と」

「ある意味おひとりの身体じゃないので、気をつけてくださいね」

「確かに…」


小声でそう言う風見さんの言葉に私の身になにかあったら降谷さんまで巻き込まれてしまうな、と予想がついた。

缶コーヒーをプシュッと開けて一口飲もうとしたら、胃の底から込み上げる吐き気。ムカムカしてきてハンカチを口に抑えて、風見さんに断って部屋を出る。

慌てて洗面所に向かおうと小走りになった瞬間に人とぶつかり、反動で転びそうになったが、腕を引かれそれは避けられた。


「大丈夫か苗字」

「わっ、降谷さん、すみません!」


珍しく登庁した降谷さんに体勢を整えられ、落としてしまったハンカチを拾い上げてくれた。ぽんぽんと手で払い渡してくれたので受け取ってお礼を言う。
少し怪訝そうな顔をしている降谷さんに先程の会話を聞かれていたのだろうか。


「降谷さん?」


名前を呼ぶなり治まっていた吐き気がまた込み上げてくる。
再びハンカチで口を覆う。


「大丈夫なのか?」

「え、はい。ご心配お掛けしてすみません!ちゃんと病院行ってきます」


うまく笑って誤魔化して(零にそんなのは通用しないのわかっている)、当初の目的の洗面所にようやく駆け込んだ。




ーーー


昼休みが過ぎて、ようやく警備企画課に戻ってくると、降谷さんはまだそこにいた。こっそり覗き見ると真剣な目をしてデスクワークをこなしてるようだった。


でもまあ好都合。降谷さんには病院に行くと言ってしまった手前、早速早退許可を貰おう。肝心なときに役に立たなくなる前に。



「降谷さん」

「なんだ?」

「病院に行こうと思うので早退します。……宜しいですか?」

「……構わない。僕の方も片付いたから、ついでに送ろう」

「えっ、いやそこまでは……」


ジロッと見る降谷さんに背中が引きつる。まだ倒れてもないのに、自己管理のなさに呆れているように見えた。心の中には泣きそうになりつつも、一言お願いしますと言うので必死になった。
いつもより重い空気に課内の人間は私と降谷さんを怯えて見るような視線が突き刺さる。


席を立った降谷さんは車を用意してくると言って先に部屋を出て、ようやく緊張状態が解ける。
自分の席に戻り、直帰できるよう支度をする。開けただけで一口も口にしていない缶コーヒーを見て、慌てて一気飲みをしてから私も降谷さんを追った。




警察庁の入り口まで降りると降谷さんは愛車のRX-7を前に止めて、助手席側に立って私を待っていた。


「お、お待たせしました!」

「いや…………どうぞ?」


さっきより表情は和らいでるものの、なにか考え事をしているのは確かなようで、助手席の扉を開けて、私を座らせてくれる降谷さん。


「ありがとうございます」

「体調は大丈夫なのか?」

「いいとはいえませんけど、まあ」

「一昨日から体調が悪いと言っていたが」


一昨日といえば彼の家に泊まりに行く日だった。昨日は私の非番だったのでどちらかの家に泊まりに行くというのは私と彼の暗黙の約束だ。それを体調不良ということで反故にしたのが一昨日の夜。
それから今の今まで体調が悪いとなれば、自己管理云々で怒られても仕方がない。
自分の後手後手な対応に嫌気が差した。ゼロの指揮官の降谷零に呆れられてもおかしくはない。

俯いた私に降谷さんは頭を撫でた。



「すまない……責任はちゃんと取る」

「責任?降谷さんがそこまで考えなくていいですよ。私が悪いんですから、ご迷惑掛けないようにします」

「それは、つまり堕ろすってことだろう?!」



語気が荒ぶる降谷さんに疑問符が浮かぶ。



「堕ろす…?」

「いや、ええと……その妊娠、したんじゃないのか」

「は、えぇ?!」



予想もしない言葉だった。妊娠?
そりゃ、食欲低下に吐き気もあれば所謂妊娠初期症状にも当てはまるのかもしれないが。



「そりゃ、たまに避妊せずにしていることもあるが……違うのか?」


零の言うとおりたまに避妊が為されていない夜もあったが実際にはアフターピルを飲んだりと、一応自衛はしている。彼には秘密だけども。急に恥ずかしくなってきた私の顔が熱くなる。


「違いますってば!」

「さっき風見にひとりの身体じゃないって言われてただろう?大体、君のお腹の子の父親は紛れもなく僕しかいないのになぜ風見に報告を「ちょっ、ちょっとまって!落ち着いて零!!」


珍しく暴走する零の名前を呼んで落ち着かせる。


「違うから……ちゃんと、その女子の日も来てる、からね」

「本当に?」

「本当に!信用できない?」


そこまで言って零はようやくわかってくれて、安堵の溜め息を吐いた。


「ひとりの身体じゃないって……」

「私に何かあったら、必ず貴方が出てくるでしょ?下手したら貴方の命も危ぶまれるかもしれない。そういう意味で、ひとりの身体じゃないって風見さんが言ってくれたの。……自慢げに言うことじゃないけど私もそう思う」

零の頬を両手で包む。嘘偽りのない言葉は零の言葉に響いただろうか。


はー、と溜め息がまた聞こえた。彼の腕が私をきつく抱きしめる。


「色々考えたよ……君と僕の子がどんな子なんだろうかとか、まず式は挙げられるのだろうかとか」

「話が飛躍してるわよ……勘違いさせてごめんなさい」


零の背中を撫でる。この1時間あまりで彼はどんなことを考えていたのだろうか……。
この考えだと子どもの性別や進路まで考えていそうだ。そんなことまで勘違いとはいえ考えさせてしまって申し訳ない。
でも、少し面白かったのは秘密だ。



「う……ねぇ、零、吐きそう」

「あ、すまない。体調が悪いのは事実だ
ったな。すぐに病院まで送ろう」



零が私の身体を開放してくれて、すぐに車のエンジンを掛ける。



「ねえ、本当に妊娠してたらどうしてたの?」

「そりゃ、秘密裏に君と二人だけの結婚式を挙げてだな、君に仕事を辞めてもらうのは嫌だが、家庭に入ってもらうか、部署を変えるかとかな……」



思ったより本格的な零の考えに唖然とする。というよりそんな心配をさせてしまって申し訳ないやら嬉しいやら。

でもいつか、いつかそうなる日が来ることを願っている。



「……なんだ?」


少し照れた零が私の視線に気付く。首を振ってなんでもないと返した。
今はまだ、ね。

いつか叶えばいい、そんなことを思って窓の外を見た。






180425
ーーー
よくある勘違いねた。

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