降谷さんは完璧であろうとする。それはこの国を本気で愛し、護りたい意思を強く持っているからこその信念からきている。

彼の部下となった私は降谷さんの蒼い焔を宿した瞳にひれ伏せてしまいそうになった。尊敬し、敬愛し、いつしか彼と同じ気持ちを通わせることになるなんて思ってもいなかった。

恋仲になっても、優先させるのはこの国だと言われて当たり前だと返した。今もその気持ちに偽りはない。

だからこそ、彼が完璧でいられるように私は──否、私達部下は彼を全す力でサポートする。彼の心を私が護りたいのだ。

私の力を見出してくれた降谷さんを。




「我々の正体が知られた今、FBI共をこれ以上追うつもりがないのはわかっていただろう」

「…はい」

「ならなぜ、奴らの……赤井の誘いに乗った!?」


ダンッ──と強く机を叩く音に周りが怯える気配を背中に感じた。



あの後、携帯も財布も持っていなかった私を風見さんが迎えに来てくれたおかげで早々に警察庁に戻ってこれた。

部署に入ると上への報告が終わった降谷さんに激しく叱責された。……お叱りはごもっともだった。
赤井に付いていった時点でこうなることはわかっていたので甘んじて受け入れた。



「君のような優秀な人間が……。呆れるな」

「……」


吐き捨てるように言われたその言葉に自業自得とはいえ、胸が痛む。その通りだ。だから言い訳はしない。


「……みょうじ。しばらく謹慎処分を渡す。呼び出しがあるまで自宅待機しておけ」

「……本当に、優秀だと思って"此処"に私を連れてきたんですか?」


つい、口を出た言葉にハッとする。そんなことを言いたいわけじゃなかった。
降谷さんの眉間のシワがさらに寄るのを見て頭を下げた。


「なに…?」

「謹慎処分の件、把握致しました。それでは失礼します」


一礼してからくるりと踵を返して自席の上に置いてある鞄を手に取る。スーツの内ポケットさなら警察手帳と、いつも忍ばせている銃を置いて部屋から出た。
馬鹿なことを考えてしまったしばらく自分の頭を冷やそう。


私は彼に見初められたんじゃなく、彼の大事な友人の言葉でここに来れたんだ、と。私の実力では不可能だったんだ、と嫌なことしか頭に浮かばない。

降谷さんの役に立ちたい、一緒にこの国の明日を守りたい、それは私の驕りだったのか。静かな夜の警察庁内の廊下は私の靴音のみ。窓から見える東都の夜景はなんだか切なくなって私の涙腺が刺激されて涙が伝いそうになった。



「みょうじさん!」 


廊下でふと立ち止まるったとき、呼ばれた自分の名前に慌てて小さく首を降って零れそうなそれをなんとか堪える。
深呼吸を一つして、振り返れば風見さんが走り寄ってきている。


「……風見さん」

「みょうじさん。すみません、携帯を預かったままでした」

「…そういえば」


来葉峠で彼に預けていたことを思い出した。それを、受け取ってお礼を述べる。


「…改めてご無事でよかったです。ですが謹慎処分とは…」

「軽率な行動でしたから。仕方ないですよね」


へらっと笑った顔を作る。降谷さんには通じないが風見さんなら通じる。と思ったのに風見さんは私を心配そうに見つめるだけだった。
……流石、降谷さんの右腕だな。



「……謹慎が解けるのいつかわからないんですけど、それまで降谷さんのことよろしくお願いしますね。…と言ってもサポート歴は風見さんのが長いので心配はいりませんよね」

「みょうじさん…?」

「……今回のこと、ご迷惑おかけしてすみません」


軽く頭を下げて、小走りで警察庁を出た。外に出て警備企画課のあるフロアを見る。これから大慌てだろう。
……作戦は失敗したのだ。上への始末書もあるだろうし、降谷さんも風見さんも今日は帰れないだろう。



「……」


鞄からキーケースを出す。
職場のロッカーの鍵と自分の家の鍵、それから降谷さんの家の鍵を見る。
私達は一緒に住んではいない。彼は忙しいし、公私を弁えていたけど彼の家の合鍵を貰っていた。
鈍く光る鍵を見て、一緒に住んでいなくてよかったと思った。今は、彼と一緒に居られないし、向こうも居たくはないだろう。



「……護るって…何をかな」


今の私は、この国どころかあの人を護ることなんてできやしないじゃないか。自分で自分に呆れてしまった。









はあああああと盛大な溜息を吐いてペンを転がした。

原因は先程の彼女が僕の叱責に耐えていたのに腹が立っていた。
罰も叱りも当然だというように、彼女は頭を上げて真っ直ぐな瞳で僕を見た。

それに少し気圧された僕は怯みそうになり、思わず机を殴ってしまったが彼女は怯える素振りすら見せなかった。


一体赤井と何を話をしたのか、何かを隠しているような素振りも、全てにおいて僕を苛立たせた。



『……本当に、優秀だと思って"此処"に私を連れてきたんですか?』



その台詞を放ったときの彼女は、嫌悪感を露わにしたものだった。
僕に対してのというより、彼女の方が驚いていたので意図した言葉ではなかったようだ。


「くそ…」


先程よりも強い力でガン、と拳を机に叩きつける。




『何を言われた、何を言った』

『……公安の者かと問われましたので、肯定しました』

『他には』

『なにも。峠から降りたので付いていく必要性はないと判断し、降ろしてほしいと伝えればあちらも異論はなく速やかに解放されました』


────本当は無事でよかったと言いたかった。
だが、工藤邸への突入前に見た彼女とはまるっきり雰囲気が変わっていた。何か確信を得たような揺らぎのない瞳。


舌打ちをし、椅子に腰掛けて腕で顔を覆った。
…赤井が僕のことを調べたということは、彼女のことも調べたはずだ。風見によれば、人質としてみょうじを指名したという。

それに加えて彼女のあの台詞。
何を言われたのかは想像がついた。


「僕があいつだけの意見をまるまると飲み込むわけないだろう……」




─────





『ゼロ。この子いいと思うんだ』

『突然だな』


みょうじなまえという人物の経歴書を広げて語りだす親友にげんなりとした。いきなりなにを言うんだと思いつつ、その経歴を見る。

自分たちの1つ下で、成績優秀。武道や射撃の成績はトップに君臨しているものだった。確かに親友の言うとおり、今の部署にいるのは勿体無い人物だ。

『松田の後輩で爆弾処理もできるし、あいつも可愛がってるみたいだぜ?』

『今は警備第一課、か。うちじゃなくても刑事部でも使えるだろう?』

『ま、そうだけど。でもさ、そこで眠らせるのはもったいないし。見た目だって綺麗だしお前の好みだろ?』

『……それで、お前のところに呼ぶのか?』

『今はゼロと直接的にやり取りするのは風見さんか俺だろ?次の俺らの代わりに……ってのはどうだ?』



にかっと笑う親友は潜入捜査でもこんな雰囲気を纏いピリピリとした空気を和ませようとする節がある。
幼い頃からの付き合いで信頼性は抜群の奴が言うならその人物に興味は沸いた。

──が、それからすぐに奴は…。



「……風見」

「はい」

「聞いていただろうが、みょうじには1週間ほど謹慎させる。悪いがそれまでの間みょうじの代わりにこちらでの業務も頼む」

「わかりました」



風見にそれを言い残し、外の空気を吸ってくると告げ、報告書を尻目に部屋を出た。


僕は彼女がまだなにかを隠しているということには気付かなかった。それが彼女の強さで、僕が守っていた存在なのにその彼女に本当は守られていることすら。













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