「降谷さん、みょうじさんが人質に」

「は?!」


風見のその言葉は自分の心臓を凍りつかせるものだった。ひとまず赤井たちを追うなとの指示を出し、工藤邸から出た俺を待つ部下たちにも撤退するように命じた。 
本当は人質扱いとされたみょうじを救出するために赤井たちを追い掛けたかったが、上層部への説明が先だった。悔しいことに彼女の命の安全は保証されている。


「……」


だが、あの憎むべき男は大切な友を殺したようなものだ。あいつを自殺に追い詰めたように。なまえもそんなことになるかもしれない?


「くそっ…!警察庁へ行く」


愛車に乗り込み、僕は"仕事"を最優先させたことに心の中でなまえに謝った。彼女も、わかっているだろう。伊達に僕の部下を長くやっていないはずだ。
後で風見を迎えに寄越してしまえばいい。

そうわかっているのに、ハンドルを力任せに叩いた。あの日の、幼馴染の最後が何故か頭に過る。










意を決して乗り込んでみたものの、赤井秀一は黙ったまま、隣で腕を組んでいる。一体何を考えているのだろうか。
ふわり、と香る煙草の匂いは嫌なそれではなかった。

どことなく気まずい車内の中、助手席に座る女性…ジョディ・スターリングから質問が飛ぶ。


「貴女も公安なのよね?」

「……はい。貴方達を追跡、拘束しようとした件については謝罪するつもりはありません。まあ、失敗しましたけど」


咎めるような声に、もう隠しても仕方ないことなので正直に吐く。少し苛々が募る。"失敗"──その言葉で上司が心配になった。少なくともここの彼らに私たちは公安の者だと露見している。降谷さんは私が彼らと行動しているのはわかっているだろうけど、今の優先事項は上への説明だ。

誠に癪だが、今後、"例の組織"の件でFBIとも協力関係を築くことになるかもしれない。今は悪いようにはされないだろう。ちゃんと上手く報告ができているといいけど。この状況を招いたのは自分自身だ。助けて、なんて言えるどころか優先されるとも思っていない。
こつん、と車窓に頭を預け等間隔に設置されている街路灯の眩しさに目が眩む。



「みょうじなまえさん、だったね」

「……」


彼を調べていたのだ。部下である私のことも知っていて当然だ。掌を開いては握る。強く力を入れすぎたせいで爪がくい込んでうっすら血が滲んでいる。
私の無言の返事を肯定と受け取ったのか、赤井秀一は懐から出した煙草に火をつけ、深く息を吸い込む音が聞こえる。


「……お嬢さんは降谷くんの傍にずっといたようでね。調べていくうちに"彼"の紹介で降谷君と出会ったことも知ったよ」

「?……"彼"って……!」


先程の降谷さんとの会話で聞こえた台詞を思い出す。



『彼の事は今でも悪かったと思っている』


その"彼"は赤井秀一が殺したようなものなのに。電話での彼は悪びれていない顔だった。その軽い謝罪に憤った自分もいる。でもそれが赤井秀一が精一杯いえることだともなんとなくわかってしまって眉を顰める。

降谷さんの怒りの火に更に油を注いだんだろう、怒り狂ってるのが想像できた。


そして赤井が言う"彼"とは────私達の仲間であった人、だ。



「ちょっと待って……"彼"の紹介って」

「……君の手腕を買われた彼に降谷君に紹介したと記録があるが。……まるで自分はいなくなるかもしれないとわかった上での行動にも見えるが」



身体が冷えていく。そんな話は一切聞いたことがない。

そもそも、だ。
私はあの人と会話をしたのは一度だけ。

脳内でぼんやりとした当時の記憶を必死で手繰り寄せる。




◇ 




念願の警察官になれた私の配属希望先は警備課機動隊だった。自分で言うのもなんだけど、成績はトップに近かったし、武術も女子では一番を納めていた。

だけど何故か私の希望は叶わず警備第一課で庶務に追われる日々。
物覚えがよく、業務の合間を縫って資料を読み漁った。
人の顔も覚えるのが得意なこともあり、何故だか他部署からも使われる生き字引のようになってしまい、なにかとこき使われていた。機動隊の運用や調整まで任されて、配属希望先じゃないことへの不満はありつつも刑事部にいる同期と飲みに行って発散しつつ、爆発物処理班の先輩にも仲良くしてもらったりと充実していた。


そんなある日、庁内の廊下でひと休みをしていたら、声をかけられた。


『君、警備第一課の子だよね?』

『はい…?』


『あぁ、ごめんね、前に聞いたんだ。俺は────』


初めての出会いだった。それが、今の上司の友人ということを知ったのも、私が警察庁へ異動してからだ。くりくりとした猫目に顎髭が特徴的で、でも清潔感があって柔らかい雰囲気を醸し出していた。



『松田と同期でね、君のことは聞いていたよ』

『あ……松田先輩の』



配属希望先の機動隊の爆発処理に長けた人物である松田陣平。入庁してから数カ月ほどお世話になった。爆発物の処理方法も教えてもらったことがある。まあまっとも現場に出ることもないので活かしきれてないけど。



『こんな可愛い子だなんて思わなかったよ。しかも警察学校での成績もトップレベルだったと聞いてね』



ウィンクを飛ばすその人は本当に同じ警察官なのかと思った。松田先輩の同期なら、迂闊に所属も聞けないし、たぶん誤魔化されるだろう。警備部の人ではないのは確か。しかし私の経歴を知ってるということは、人事関係なのだろう。
そんな予測をつけながら頭の上に疑問符を付けそうな勢いで返事をした。



『はぁ…?』

『うん……君になら任せられそうだよ』


顎に手を当て真面目な顔をしてその人は呟いた。最初は何を言っているのか聞き取れなかった。


『え?』

『折角の逸材がここに埋まってるのは勿体無いと思って。……なあ、一緒にこの国を守らないかい?返事はまた今度会ったときに』



笑顔で手を振って名前も知らないその人は去ってしまった。

"また今度"
───それは果たされなかった。


私は何も知らず、特例で警察庁警備企画課への異動となり、降谷零という上司の元で働くことになったからだ。
表向きは警備第一課での活躍かららしいが、どこで見定めたのかこの降谷零自身に認められ、裏でのスカウトがあったらしい。という話を理事官から聞いたが真相は知らない。

その時は"彼"との会話から何年も経っていたし、あの出来事なんて記憶の彼方に追いやっていた。
私は着々とキャリアを築きあげ、今までの功績が認められたのだと思っていた



────今までは。




『一緒にこの国を守らないか』

そう言った"彼"が公安所属だと知ったのは
そのもう少し後だ。


それでもなんらかのきっかけになったのは、"彼"の手引によるものだと、私は今気付いた。



「……ようやく繋がりました。そういうことなんですね」

「知っているものと思っていたが、驚いたな…」


膝の上に置かれた手のひらをまた握る。先程よりも強く、爪が食い込んで、痛みが走った。私は恐る恐る、質問を投げかけた。



「……降谷さんが言っていました、あの人を自殺に追い詰めたのは貴方だと。貴方ほどの人なら、自殺を止められたのではないかと」



声が、震える。



「私は貴方の力をわかりませんが、あの距離と不安定な照準ながらこちらの車を結果的にクラッシュさせました。だから、私も疑問に思ったんです、本当に、彼を自殺に追い込んだんですか?」



同じNOCとしての潜入。むざむざと殺すわけにもいかない。きっとこの人ははじめは助けようとしたんだと思う。そうでなければ、すまないと思っている、なんて言葉は出てこない。


「……その話なら、俺も言いたいことがある。君なら降谷君とも……あの彼とも面識はあるからな」



そしてぽつりぽつりと話されたのは、私の推測通りに赤井は本当は彼を無事に逃がそうとしていたこと。
拳銃を奪われたが、なんなく引き金を引かせる前に止められたこと。
しかし────



「降谷さんの足音…?」

「足音が聞こえたときは一瞬、組織のものだと思っていた。その隙を突かれてしまったのは俺の……責任だ」

「待って、ください…」

「彼は…胸ポケットに入った携帯を心臓ごと撃ち抜いた」



組織に情報を抜かれないためだ。当時私はあの人の所属を知らなかった。まさか公安部だなんて微塵にも思っていない。



「……それ、信じられるとでも?」

「信じるも信じないも勝手だが、それだけお嬢さんには話しておきたかった。今の降谷君を支えられるのはもう君しかいないだろう」

「───!!」



タイヤの空気が抜けていきながらも、車はとっくに峠を降りていた。



「……車を止めてもらえますか」

「えっ、でもまだ…」


見覚えのある道だ。ここからなら一人で歩いても帰れそうだった。


「もうドライブはいいでしょう?」

「…キャメル」


赤井のその言葉で運転手は返事をして車を路肩に寄せた。すぐに車から降りて、ドアを力いっぱい閉めようとしたが、真っ直ぐに彼の目を見る。


「降谷さんが傷付くと思って、貴方はわざと恨まれるようなことをしたんですね。……なら、まだしばらく恨まれ役を買っておいてください」

「!!」


モスグリーンの瞳が大きく開かれたのを見て、私は微笑んだ。


「……その話が本当なら、まだ私は彼に躓いてほしくないので。貴方たちFBIとは仲良くできそうにもないです。……貴方の言うように立場は違いますが本質は同じですしね」


ドアを閉め、車から背を向けた。
すぐに車は走り去ってしまう。エンジンの音が遠くなったのを見計らって、その場で蹲った。


今だけは泣かせてほしかった。













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