その日の自分の業務が終わったのは日付もとっくに変わった真夜中だった。明日……否今日も仕事なのにこんな時間まで残っているのは上司の代わりに書類の決裁を下しているせいでもある。


私の上司は警察庁警備企画課に属する優秀な捜査官。それ故、捜査状況によりなかなか登庁してこないことも多々ある。

同じ警備企画課の私の仕事は彼の事務仕事のサポートをメインにしていることが多い。
潜入中の彼とは定期報告も兼ねて、外では顔見知りという設定を設けてあるので、本庁に篭りきりというわけでもない。また、彼の捜査もある程度の把握もしているが、その件で私が動くことはなかった。それは少し不満だけども、警視庁にいた頃と比べればそこまでではない。

しかしこうも帰れないと、警視庁時代が懐かしくも感じる。公安とはまた違う部署に所属していた私がある日突然、異例の警察庁への配属。よりにもよってゼロの仲間入りをするだとは警察学校に入りたての私が聞けば信じられないだろう。

そんなことを考えながら無情にも進む秒針を尻目に肩をぐるりと回した。──と、同時に警備企画課内に私以外の誰かの気配。誰か、なんて。こんな夜更けに現れるのは上司しかいない。

お疲れ様です、と回転椅子をくるりと回すと、あぁ、と疲労を隠さずに上司は返し、自席ではなく私の隣のデスクにもたれ掛かった。
デスク上にあるオレンジ色のライトが煌々と彼の足元を照らす。

そういえば先日のミステリートレインの列車爆破の事件があり、なにを思い立ったのか彼はいつにも増して潜入中の組織に潜りっぱなしだった。

どういう思惑があるのかはわからないけれど、調べものがあると言った彼は一瞬、あちら側の人間になったのかと思うほどの激しい憎悪の目をして私の背中を震えさせた。

探り屋バーボン────まさしくその通り名のものだった。




「近々、招集したい」



両手を組みながら、俯く彼はそう言った。目を見張る私はその意味をゆっくりと理解する。公安部を連立って彼は何をするのだろうか。息を吐いてから、私は一言投げ掛けた。



「……何処に?」

「工藤邸だ」













『赤井秀一、が生きている?』

『ああ。奴は絶対に生きている。沖矢昴という突然現れた存在は怪しかったからな。奴を餌に組織内部にさらに食い込みたい』

『……』

『心配そうな顔をしないでほしいな。……みょうじにはいつも通りサポートを頼むが、今回は同行も頼む』

『……承知致しました』



赤井秀一とは、彼の因縁の相手でもある。同じ組織にNOCとして潜入しており、私達の仲間を殺したとされている。
……それはあくまで上司。…降谷さんの主観だが、その仲間の自殺を止めることが赤井秀一には出来たはずなのに見殺しにしたも同然だと、彼は後に私に言った。

その赤井秀一も来葉峠で死んだとされていたが、どうやらミステリートレインで何かを感じ取った上司はもう一度赤井秀一の死について洗いざらい調べ直したらしい。
最終的な彼の推理は、赤井秀一は確実に生きているというものだ。


『やっぱり、死んでいなかったな』


憎々しげに吐き捨てたそれは何処かほっとしたようにも聞こえた。まるで自分が敵を討つことができるかのような…いやいくらなんでもそれはないか。
先の言葉通り、赤井秀一を足がかりにして、組織の中で伸し上がってやろうと思っているのだろう。復讐心すら抑え込んでこの国のために働く彼は純粋にすごいと思う。

冷めた珈琲を飲みながら記憶の糸を辿る。亡くなってしまったその仲間は私がまだ警視庁にいたときに、一度だけ会話をしたことがある人物だったな、と。

当時はその彼が公安に所属しているとは露も知らなかったが今になって思えば、公安に務めているだけあって、飄々としていたけれど、優しい雰囲気を纏っていた。

その降谷さんの良き友人でもあり仲間が秘密裏に亡くなったということを知ったのは私が降谷さんの導きにより警察庁へ異動してからだ。





数日後。
マカデミー賞をリアルタイムで見たかった。とぼやく同僚を窘めながらその同僚とは別の車に乗り込んだ。

沖矢昴として変装し、潜伏している赤井秀一の元に向かう降谷さんと同行するようにと彼直々からの命令を頂いたが、FBI捜査官たちの拘束を目的とした班がいいと主張した。

心配そうに見る彼だったけれど、彼もなにか思ったのかわかった、と一言で済んだ。



あの男のせいで、と彼は悔しそうに言った。当時は降谷さんとはまだ恋人同士ではなかった。彼のそんな姿を支えてあげたくなって、私は彼を抱きしめてしまった。……そんな経緯があり、それから私達は一緒にいるようになった。
彼の悲しみを少しでも埋められるなら、とはじめは同情だったのかもしれない。

しかし、私が警視庁時代の先輩が3年前、爆破事件で殉職した。刑事部で彼とバディを組んでいた同期が酷く落ち込んでいたのを見てきたのもあり、同期の姿と上司が被ってしまった。
皮肉なことにその先輩も彼の同期の友人であるというから、世間は狭い。

彼らだけじゃなく、何度も仲間を見送ってきた彼は強くなるどころかその背中がだんだん小さく見えた。
あの月のない夜、彼の哀しみを孕んだ目を見て私が彼を守ると誓った瞬間だった。どんなことがあっても私は彼の味方になりたいと。




「みょうじさん、来葉峠に近付いてきました」

「……はい」


風見さんから声がかかり、ハッとする。
前を走る車はFBI捜査官が運転しているようだ。

ときに日本警察とも協力することもあるFBIの捜査官たちを追跡・拘束するというのは規定違反だ。
だが我々公安は違法な捜査もすることもある。そう、今回は"違法"での行い。
失敗すれば、指揮官の降谷さんに責任がのしかかる。

失敗するわけにはいかない。



彼は今はあの有名な小説家の工藤邸にいるはずだ。そこには降谷さんが睨んでいる変装した赤井秀一が居るという。
どうしてそこに居るのかはわからないが、彼は潜入先の探偵の弟子でもある。そこで居候としている小さな探偵さん……江戸川コナンの手引きだろうと予想していた。

降谷さんを圧倒させるあの小学生は一体何者なのだろうかと気になるところだが、今は考えるのをやめよう。私が今やるべきことじゃない。



正面を向けば、前の車のスピードが格段に上がる。


「気付かれましたね…」

「まあ……何台も尾行していれば気付きますよね。こちらもスピードを上げて後ろに付きましょう」


峠を走り、FBIの車のタイヤがパンクしたおかげでスピードが一気に落ちる。もうすぐで追い付ける。

ふと後部座席に影を見つける。さっきまでなにも見えなかったのに。



「!?風見さん減速っ…!」

「!…屋根が開いた、だと?」



後部座席には黒いニット帽の男が座っている。NOCリストで見たことのある顔だ。あれは……いや、どうしてここに。



「赤井秀一……?」




振り返った彼の者と目が合う。
反らせない綺麗なモスグリーンの目に思わず懐に忍ばせた銃を手に掛けた。











沖矢昴に着けられていると踏んだチョーカー型の変声機は彼の首にはなく、焦る僕のもとに電話が鳴った。

みょうじからだ。


電話に出るのを躊躇ったが沖矢昴に促され、意を決して電話を取る。




「どうした、みょうじ」

「…赤井秀一をこちらで確認しました……が、先頭の車はタイヤに被弾されてクラッシュして…赤井秀一は他の捜査官と共に逃げました」


申し訳ありませんとみょうじからの謝罪にギリッと歯を噛み締めた。ここに居たと思っていた赤井が、あちらにいるのは想定外だ。だがしかし、あり得ない話ではない。あの少年がこの件に絡んでいるのなら。自分の浅はかさに携帯を握る手に力を込めた。


「っ……動ける車があるのなら今すぐ奴を追え!」

「そのつもりでした!ですが後続車も巻き込まれて走行不能です!……えっ?!」


みょうじが驚いた声を上げた途端、ガヤガヤと雑音が飛んでくる。苛々しながら叫ぶ。


「みょうじ?おい、どうした?!状況は?」


電話の向こうから聞こえたのはみょうじではなく、憎い奴の声だった。


「久しぶりだな……バーボン…いや今は安室透君だったかな?」

「!!」










降谷さんに報告の途中、突如戻ってきた赤井秀一に銃と引き換えに携帯を奪われた。そして今、降谷さんと会話をしている。


持たされた拳銃は楠田陸道が自殺に使用したものだと彼は言った。風見さんにそれを預け、彼らの会話を少しでも聞こえるように耳を傾ける。




「降谷零君」

「っ!!」



その単語で悟った。すべて……全て調べ上げられてしまったというのか。ぐっと強く手を握る。



「彼の事は今でも悪かったと思っている」


ハッとして頭をあげた途端に携帯を私に向けて放り投げられる。
未だに彼と通話状態になっている携帯を手で覆う。電話の向こうの彼に会話を聞かれないように、無意識な行動だった。


「さて、そこのお嬢さん」

「…私?」

「そう、君だよ」



先程の車よりももっと近い距離で目が合う。そのモスグリーンの瞳が綺麗すぎて惹き付けられそうで、肩が震えた。



「彼には釘を刺したし、車も使い物にならないけど、念を入れて君には人質にでもなってもらおうか」

「は?」

「なに、少しドライブだと思ってくれればいい。君は彼の部下だろう?」



その表情は私に何かを伝えたい、というものに見えた。一歩、前に踏み出す私を呼び止める声。



「みょうじさん」

「風見さん。…これお願いします」


振り返れば焦った風見さんが私を止めようと手を向けていた。大丈夫だというようにその手を取って携帯を握りしめさせる。軽く頭を下げてから、行ってきますと微笑む。


「みょうじさん?!」

「またあとで、合流します」



赤井秀一が車の扉を開いてくれたので私は乗り込んだ。










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