は、と自分の声が微かに発せられ、うっすらと目を開いた。
若干の寝苦しさを感じて小さく身じろいだ。と同時にぎゅうっと締め付けを感じて意識が覚醒した。

キャミソールとショートパンツという薄着で眠っていた私の身体に褐色の腕が巻き付けられている。
…今締め付けを強くしたなこの人は。

呆れつつも、視線だけを腕から肩、首、顔へと移せば、いつもは射抜くような視線を送る青い目は閉じられていて、月明かりできらきらと金色の髪が静かに凪いでいた。私の上司であり、恋人でもある彼は年相応とは言えないあどけない寝顔をしている。

服を着ずに寝る彼の胸に耳を当て、奏でられる心臓の音を聞いてホッとする。
この人の腕の中は世界中のどこよりも安心できる場所だ。
すり、と頬を寄せつつも、名残惜しみながらきつく抱きしめられた彼の腕から起こさないようにそっと出る。これでも彼と同じ場所に所属する身、造作もない。……本当によく眠っている。

ベッドの外に足を降ろし、月夜に照らされた彼の寝顔を見つめる。少しの物音や気配でも目を覚ます人なのに今宵は眠ったままだった。

珍しいこともあるものだなと口角を上げそうになったがその瞬間彼の目尻に浮かぶ涙に驚いて声に出しそうになった口を慌てて塞ぐ。



「……いくな……たの、むから…」



ごくり、と塞いだ口から出かかった台詞を飲みこんだ。
…時折聞く彼の弱音だった。その弱音はいつも夢の中で吐いていて、先に目を覚ました私が時々聞く。夢の中で懺悔しているのか、起きたときには覚えていないのと、二回目以降は敢えてそれを本人に伝えることをしないけども、それを聞くたび、私じゃ彼の支えにならないのかと苦悩もする。
何度聞いても慣れないものだ。なんでもやり遂げる彼の弱いところの捌け口は夢でしかできないだなんて。

ああ、いや、一度あった。
あれはまだ上司と部下のときだった。
あの日こんな風に月は出ていなくて、真っ暗だった。辺りのビルから照らされる僅かな光は今と変わらないそのさらさらな髪を照らして。


今貴方は夢の中で何を見てるのか、なんて愚問だ。かつていた仲間たちの夢だろう。1人、また1人、そうやって同じ志を持つ仲間は貴方の元から去ってしまった。私も知っている先輩もそこに含まれている。





人差し指で彼の涙を拭う。


もう、二度と会えない人たちの夢。彼がこうやって辛そうに涙を浮かべている今。それは悪夢なのかもしれない。
彼……降谷さんを起こしてあげるのが優しさなのかもしれない。

はじめて目を覚ました彼はすべてを忘れるように私を抱いて眠るだろう。一緒に夜を過ごしてから初めて見たときに驚いて彼を起こしたときはそうだった。
寂しさを掻き抱くように、恐怖を消し去るように、身体にぶちまけられたものだった。
それでよかった。そのほうが私も彼もなにも考えないで済む。私で役に立つなら、彼の孤独を埋めたかった。




「───守らせてください」



ぼそりと口にした言葉。彼は未だ、目を覚ます気配はなかった。私が貴方の腕の中が一番安心するように、貴方も私のこの中で安心してほしい。

ギシ、とベッドのスプリングが揺れる。両腕を彼の顔を挟むようについて前髪が触れるくらい顔を近付けた。



まんまるな月が私達を照らす。
私は月しか見ていないのをいいことに彼の瞼にキスを落とした。


なにもかも完璧な青は今だけそっと穏やかに。その苦しみも、私に移してほしい。少しでもいいから一緒に背負わせてほしい。





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