あのカーチェイスから数時間後、倉庫街に落ちた車と爆発の影響で東都では大規模停電が起きていた。

あれからすぐに警察庁に戻り、上司がお叱りの言葉を頂きに部署から出ていき数時間。風見さんが首都高での出来事……特にスピード違反や逆走に関することはもみ消してくれていたので、後のことは任せて降谷さんの帰りを待つ。


監視カメラの映像を見れば、キュラソーという女性はNOCリストが映されているモニターを5枚の札に透かして見ている。その行動に私は心当たりがあった。これと同じではないけれど、ある症例を思い出した。
何らかの媒体を使い、脳にインプットさせている。見たものは決して忘れることはないーー簡単に言えばそういうことだ。彼女もまた、同じ。

あの札を通してすべての情報を握っている。もしかしたらもうその情報は組織に渡っているかもしれない。カーチェイス中にでもメールで情報を送ることはできるだろうし。

背中に冷汗が流れた。降谷さんや他の諜報員に危険が迫っている現状が歯痒い。




「みょうじ、風見」




長いため息を吐き終わる前に、降谷さんがようやく課内に戻ってきた。部屋に残っていた私と風見さんを呼んだ。



風見さんはすぐに降谷さんの元へと近寄るが私は自席から動かない。降谷さんは一度私を見ると気にしないかのように話し始めた。

キュラソーの確保について、だ。降谷さんの言うとおり、あの大規模な事故にはなったがキュラソーの身体能力的にも死んではいない、はず。でも無傷ではない。怪我をして動けない可能性もある。
そういったことを降谷さんは話し終わるとため息を吐いて、椅子に座る。



「……僕は組織の目もあるから別行動にする。…朝までそう時間もないがひとまず二人とも帰宅して休め。朝になればまた指示する」



わかりました、と風見さんは言って私と降谷さんに頭を下げると部屋を出ていった。二人きりになる部屋。暗い部屋にPCのモニターから溢れる光。



「降谷さん」

「……そういえば監視カメラで気になることがあったと言っていたな」




私のデスクに近付いてPCのモニターを見た。サーバールームでの出来事と私の推測を降谷さんは静かに聞いていた。



「その5枚の札を介してキュラソーの脳にインプットしているということか」

「おそらく。あと…もしかしたらあの事故の衝撃によって一時的に記憶喪失になっている可能性もあります」

「ーー!」

「、と確証はできませんけど。あれだけの記憶力を保持していても何らかのことで記憶って飛んでいくこともあるらしいですよ」


くぁ、と欠伸を噛み締めながら、キュラソーが落ちていったと思われる倉庫街を中心とした地図を開いて眺める。


「あ」

「どうした?」


最近、テレビやラジオでよく言っているリニューアルオープンされる東都水族館が倉庫街から海を隔てたところにあるのを見た。そういえば観覧車が世界初だとか言っていたなあなんて呑気な考えをすぐに取り払って首を横に振る。


「いえ、すみません。私事です。それより、降谷さんも帰ったほうが…」

「僕は君にも休めと言った筈だが」

「…始発電車が動くまではここにいます」


今日は電車通勤だったんです、といえば、あぁと返ってきた。昨日、家から電車で此処に来たことを彼が忘れているはずはないのに。
組織の目がある以上、今日からしばらくは同じ家に帰ることができない。降谷さんも今日は"安室透"として用意した家に帰るのだろう。


「……気をつけてくださいね」

「そんな、顔をされると帰りづらい」

「お気になさらず…っ、降谷さん」


顔を降谷さんから反らす。けれど伸びてきた手が私の肩を掴んで強制的に降谷さんと向き直された。


「そんなに僕がヘマするような奴とでも?」

「……いいえ」

「気をつけて、か。僕には死なないでと聞こえたぞ」

「…そうかもしれませ「なまえ」」


言い終わる前に降谷さんに首元を噛み付かれた。声はなんとか抑えたものの彼は歯を立てることを止めない。


「ちょ、……公私混どっ…」



その後降谷さんに気の済むまで首から胸元に掛けて噛まれてしまうなんて思っていなかった。















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