「おはようございますみょうじさん」

「風見さん、おはようございます。謹慎中はご迷惑をお掛けしました」

「いえ、それくらいは。こちらこそお休みなのに情報などありがとうございました」



久しぶりの登庁に警備企画課内からはお帰りとの声が上がる。遠慮なく置かれる書類の量に唖然とするけど、久しぶりの仕事に腕が鳴る。風見さんも顔を出してくれたので改めてお詫びと挨拶を交わす。


「少しの間でしたが、やっぱりみょうじさんがいないと仕事が進みませんでしたよ」

「あはは、そう言ってもらえて光栄です。なにかありました?」

「はい。……降谷さんが潜入している組織で動きがあったようです」

「!…そうですか」




『NOCリストには注意するんだな』




赤井さんのその台詞を思い出す。たぶんそのことだろう。
あの後服も乾いて、雨も止んだので赤井さんに出会ったところまで送ってもらう羽目になった。歩いて帰れると言ったが、結局お言葉に甘えた。
不器用な人なだけで、悪い人ではないのはわかった。そして降谷さんはこの人には敵うことがないんだろうとぼんやり思った。



「夕方、降谷さんがこちらに来てそのときに我々に話すとのことです」

「わかりました。じゃあそれまで頑張って片付けますね」


風見さんの声で我に返ると即座に返事をした。積まれた書類の山に目配せすると風見さんは申し訳なさそうにお願いします、と言って部屋を出ていく。



一日中書類とにらめっこして、お昼を食いっぱぐれたということに気付いたのは降谷さんが局内に来たときだった。
私達は会議室に集められ、神妙な面持ちで降谷さんの話を聞いた。





「NOCリストを餌にするって本気で言ってるんですか?!」

「ああ、組織の工作員は確実に来る。NOCリストを奪いにな。その工作員を捕まえる」



風見さんと降谷さんの会話にざわめく会議室。無理もない。日本だけでなく各国の諜報員を集めたNOCリストを餌としてぶら下げるというのだ。赤井さんには気をつけろと言われたけどそれは流石に私でも予想はしていなかった。

もしこの作戦が失敗すれば先日の来葉峠の件も重なり私たち公安の肩身も狭くなる。それだけでなく、降谷さんの立場も大きく揺らぐかもしれない。

まあそれが降谷さんだけが決めたことではなく、裏の理事官からの話なら致し方ない。当日の人員配置を固め、タブレットPCに打ち込みながら降谷さんの話を聞く。

この警察庁に忍び込み、NOCリストを奪おうとする工作員は並大抵の人物じゃないはずだ。"バーボン"よりも力がある者だろう。
それでも怯むわけにはいかない。NOCリストを奪われてしまえば世界中が混乱に陥る。

なんとしてでも阻止をしないと、私はまた掌を握りしめた。これは癖だなと内心笑いながら握りしめた掌を開く。昨日、爪を切ったので傷は増えそうになかった。




「みょうじ」

「…人員配置は私がやります」

「まだ何も言っていないが、さすがだな」



いつの間にか会議室は私と降谷さんしか残されていなかった。降谷さんはさすが、と言うと私の隣に座りけらけらと笑った。


「みょうじの指示はいつも的確だからな。何度助けられたかわからない」

「あら、褒められるなんて珍しいですね。明日は槍でも降りますか」

「酷い言い種だな。…にしても、NOCリストの件で驚く素振りすら見せていなかったが、どこからか情報を得たのか?」



よく見ている、さすがというのはこのことだ。まさかその情報源が赤井秀一からだとは言えるわけもなく、私はニッコリと笑う。



「驚きすぎて反応が遅れてしまったのは確かですね。それより、今回の件ですが」

「うん?」

「私も現場に出ます」


出ていいですか?と伺いを立てるのではなく、断言。降谷さんは一瞬言葉に詰まり、指先でトントンと机を叩いて考え込んだ。


警備局は基本的に裏方作業がメインだ。実働隊として動くのが降谷さんと風見さんをはじめとした警視庁公安部。私は局長指示の元で動くこともあるけれど、やはり殆ど裏方作業。それも大事な仕事なので苦ではない。



「わかった」



降谷さんのその返事に肩を降ろした。これでだめだと言われたらどうしようかと。



「組織の目もあるでしょうから、基本的には風見さんと行動することが多いと思いますが…」

「うん」

「無茶しないでくださいね」

「うん」



先に席を立ち、降谷さんに失礼しますと声を掛ける。けれど降谷さんは私の手首を引いて横抱きにした。キャスター付きの椅子ががくんと揺れるが降谷さんにしっかりと抱えられていたので落ちることはなかった。



「ちょ…っ、降谷さん!?」

「痩せたな。食べてるのか?」


至近距離に顔を近づけられそう言われると顔が熱くなるのがすぐにわかる。身体に良くない。


「は?一日一食くらいは…降谷さんこそよく見ると隈がひどいじゃないですか」

「当たり前だ。お前が隣にいないと眠れない」


顔だけじゃなく沸騰しそうになった。抱かれる腕が力強すぎて、逃げられない。逃げる気もないけど。


「お前は……お前の力は俺はちゃんとわかっているから…勝手に離れるな」

「!!降、谷さん」

「今日は帰ってくるだろ?ゆっくり話がしたい」

「はい…帰ります」


うんと言って首筋に顔を埋めてくる降谷さんの気が済むまでその状態のままでいた。


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