「……シャワーありがとうございます」
工藤邸でシャワーをお借りすることになった。
濡れた服と下着は洗濯機と乾燥機があるから好きに使っていいと言われ、お言葉に仕方ないので甘える。
先に持たされたバスローブを着てリビングへの道を歩く。
このことが降谷さんにバレたら、私の命も赤井さんとともに消されるんじゃないかとヒヤヒヤしている。
そうもやもやしつつ、部屋に入ると沖矢さんはキッチンからマグカップを持ってきているところだった。
「雨はまだ止まないだろうし乾くまでゆっくりしているといい」
声は沖矢さんに戻っていた。声質があまりにも違いすぎて、戸惑ってしまう。
赤井さんはマグカップをテーブルに置くと私に座るよう促してから向かいのソファに腰を掛けた。
降谷さんは沖矢昴について赤井秀一だというばかりで詳しく教えてくれなかった。
「ゆっくりって…」
彼は敵ではないし味方でもない。
なのになぜ私はこんなに心許してしまったのだろう。謹慎中だからって怠けていたせいか。
「湯冷めしないように。ココアをどうぞ」
「……」
「心配するな…何も入っていない」
リビングを見渡した。武器になりそうなものはない。沖矢さんは小説を開きながら笑って言う。
「取って食わないと言っただろう」
「…なんでもお見通しですか」
諦めてソファに座り、沖矢さんの動作を眺める。彼が今読んでるものはミステリー小説。あ、あれ降谷さんも前に読んでたなあそんなことをぼんやり思う。
「わかりやすいのはお嬢さんだ」
「……私が?」
「さっきの質問だが。……君は降谷君には言わないだろう?」
またはぐらかした、と思えば車内での私の質問を答え始めた。うすうすは沖矢昴=赤井秀一ということはわかってはいる。でも最終的には彼とあの小さな探偵さんや彼を助ける周りの人間のお陰でしてやられたということだ。
納得はいっていないけど、公安としては彼の捕獲を失敗しているわけなので、次に先日のような人員を簡単に割くことはできない。降谷さん個人として動くつもりなのは明白だ。
「………そうでなければ俺に恨まれ役のままでいてほしいなんて言わないだろう」
ぎゅっと膝の上で掌を握る。爪は食い込まないように。目を伏せ、反芻する。私のやるべきこと、誓ったことを。
「……NOCリストには注意するんだな。降谷君もわかってはいるだろうが……あれを奪われる危険性がある」
「!それって、」
驚きのあまり顔を上げて沖矢さんと目がかち合う。
組織の誰かがNOCリストを保管する警察庁に侵入するということ?という私の台詞を着信音が遮った。
鳴っているのは私の携帯。目を合わせたまま固まる私に沖矢さんは煙草を取り出して呟くように言う。
「出たほうがいいんじゃないか」
「……」
そう促されディスプレイを見ると、表示されているのは公衆電話だった。ひゅっ、と喉が鳴る。それは降谷さん以外から決して掛かってくることが、ない。
沖矢さんの視線が気になり躊躇いつつも、着信に出る。「はい」、その言葉は震えずに言えただろうか。
受話器の向こうから「僕だ」うん、いつもと変わらない声。
あのやり取りから久しぶりの会話に心が踊りつつも、今の状況の罪悪感が入り混じった複雑な気持ち。
「明日からまたよろしく頼む」
謹慎解除、だ。彼にも必要とされているのは素直に喜んだ。
「!…わかりました」
「今は、何をしている」
ざぁざぁと雨の音が電話ごしで聞こえる。ポアロの休憩中か、仕事終わりかのどちらかだろうか。
「買い物に出ていて…」
「そうか。じゃあ」
しれっと放った半分嘘ではない言葉に何も疑わずに電話が切れた。ツーツーと無機質な音にこれもいつも通りだなと電源ボタンをタップした。
「あれ、」
煙草の煙が前までの甘ったるいものではなくなっていることに気が付いた。
あの独特なココナッツの匂いじゃなく、苦そうなそれ。
私のその様子を勘付いたのかあぁ、と沖矢さんは煙草の箱を揺らした。
「本来はこの煙草だ。生憎、以前は切らしていて仕方なく」
「わざとあんな特徴的な匂いを纏わせたのそんなに私に知られたかったんですか?」
静かに微笑む沖矢さんは確かに沖矢昴の顔だけど、赤井秀一を彷彿とさせた。…同一人物だから当たり前かもしれないが。
だとしたらなにもかもこの人の手のひらで私も降谷さんも踊らされていた。
「いずれはあの組織を崩壊させなければいけない。そのためには公安の……ゼロとも仲良くしておかなければならないからな」
「……」
「その前に部下の君に取り入ったほうが早い」
「ハニートラップは貴方のような不器用な人にはできないでしょうね」
「……」
今度は彼が無言になった。私は知っている。彼が……組織の"ライ"として行ってきたことは降谷さんから聞いている。
犠牲無くしてこの任務を遂行することは不可能だ。それが仕方なかったにせよ私には割り切ることはできない。
当時の彼等のいた戦場に私は居なかったから言える綺麗事だとわかっていても。