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「っ、ん、なにひゅふんですかっ」


いつものように石を磨いていたら隣にいた彼女が僕の右肩に頭を預けてきたのでなんとなく、右手で石を持ちながら左手で彼女の頭を撫でた。

温くもなく、むしろひんやりとした僕の手は彼女ーーハルカちゃんの身体をぴくりと揺らした。
僕の名前を小さく呼んだハルカちゃんの下唇を親指でなぞって、そのまま口内にお邪魔すれば、冒頭の台詞に繋がるというわけだ。

自然と笑う僕の声に彼女は少し膨れたように、むぅと唸れば親指に甘噛みをした。


「こらこら、ハルカちゃん。痛いよ」

本当は痛くないけど、そう言ってみた。彼女は僕の親指を口元まで離して、ただ一言……「バカ」と呟いた。


「それは酷いね。僕はこれでも、」

「元チャンピオンでデボンコーポレーションの次期社長、ですよね」

「ははは、分かってるなら早いや」

「むぅ……」


右手で持ってた石は膝の上。少し身体をずらしてハルカちゃんの顔を両手で包んだ。少し紅潮した彼女の頬を、瞼を、額へと口付けた。
それがお気に召さなかったのか、ハルカちゃんは僕の胸をとん、と押して、僕の手を取ってから、頭を押し付けた。


トレードマークの赤いリボンが彼女の頭と僕の胸にぺしゃんこにされた。僕の手と反対で彼女の手は暖かかった。


「ダイゴさん、ずるい」

「なにが?」

「だって私を子供扱いできるくらい余裕ですよね」

「別にそういうわけじゃないんだけど、色々としがらみとかあるのは君も分かってるよね?」


僕らの今の歳の差はギリギリどころか、危険領域。せめて彼女が成人しているか、それに近ければ文句は言われないものだろうが、こればかりは仕方ない。

皆、平等に歳は重ねていくものだから。

それでも僕らは惹かれ合った。出会いは本当にたまたまで、最初は大物トレーナーにでもなるんじゃないかと彼女の成長を見守っていた、つもりだった。
いつからだろう、恋愛対象として見るようになったのは。



ーーー少女にこの世界の命運を託したあの日の記憶が蘇る。


いつまでも降り続く止むことのない雨の中、少女の肩は震えていた。打ち付ける雨の寒さではなく、これから起こり得ることの恐怖。ポケモンたちと一緒とはいえ、孤独で海の底に向かうなんて僕でも怖い。この世に二つとない珍しい石があっても、一瞬は尻込みしてしまうだろう。
それでも少女は笑った。敵対していたアクア団、マグマ団、友達のユウキくん、初対面であるミクリに、僕に。

なんとなく、いやただの気のせいだろうが、ほんの少しだけ雨足が弱くなった、のはやはり気のせいだ。だが、僕らに向けられた真っ直ぐな瞳は何故だが自信が持てたし、その時には少女の肩の震えは止まっていた。


「ーーーッ、大丈夫ーーで……す……いって……きま…………!」


アクア団の用意したスーツに備えられていた通信機器から聞こえた彼女の声。雑音が酷くてあまり聞き取れないが、「いってきます」と言ったのだろうか、祠の中に入る前にも聞いたその言葉に僕は少しだけ、平常心をなくした。


「絶対に、帰ってきて」


後にその台詞は聞こえなかったと申し訳なさそうに彼女は謝ったけれど、むしろ聞かれなくてよかった。ミクリ曰く、“いつも自信満々の御曹司殿の弱々しい声を聞く日が来るなんてね”と。
思い出すだけで恥ずかしい。ことある度にミクリはその話を蒸し返すので慌てる僕で完全に遊んでいる。


「ダ、ダイゴさん?!……た、ただいま、です」

元通りのルネの空。ルネから見える空は狭いけど、その分空は青くて夜空は輝いている。
祠から戻ってきた少女に僕は一番に駆け寄った。驚いたように僕を呼んで、笑って「ただいま」の言葉で

きっとその時から、いや自覚していないだけで恋心は抱いていたのだろう。親友であるミクリに釘を刺された覚えもある。まあどっちでもいいか、結局今、恋人同士としているわけだし。



そんなことを思い出したり考えたりしていると、手首に圧力が掛かった。ぎゅっと小さな手で握られた僕のそれ。


「私を大事にしてくれてるのは、わかってます……わかってる、んですけど、ね……」


段々、小声になっていくハルカちゃんが愛おしくて頭を撫でる。それから、ゆっくり、顔を上げたハルカちゃん。手首を開放された僕は笑って彼女のリボンの形を整えた。


「本当は僕も余裕なんてないんだよ、本当はね」


ハルカちゃんにも僕自身にも言い聞かせるように呟く。今度は片手で彼女の頬を包んで、親指で目尻を撫でる眉を下げて目を閉じ、僕に預ける彼女の可愛らしい唇に、漸く、僕はキスをした。


触れて、離れて、触れて。


優しいキスは終わり。本当はいつだって余裕のない僕のキスを受け入れてくれるよね、君なら。




141215
>>160314

pkmn(ORAS)/ダイハル
pixivに上げてたもの…。







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