青空から始まる恋 | ナノ


05




不意に水が飲みたくなって水道へ行けば見つけた二人。一人は知らないテニス部の三年生。もう一人はテニス部の二年生でよく知っているヤツ。ソイツは同じレギュラーで後輩だから。名前は切原赤也。二人は人目に付かない校舎裏へと足を進めて行く。普段ならこんな事には興味はないのに今日は違った。二人の後を数メートル間隔で歩く。着いたのは校舎裏の奥にある裏庭だった。何でこんな所、と考えていたら突然殴られた赤也。殴ったのは知らない三年生。何やら言い争いをしている様子だった。耳を澄ませば聞こえる一方的な怒鳴り声。

「生意気なんだよ、お前!二年生のくせに!」

赤也が殴られた理由は何処にでもある嫉妬からだった。恐らく怒鳴っている三年生はテニスが上手い赤也が気に入らないのだろう。全く下らない理由だと思う。

俺はポケットに入っていた携帯を手に物影から出るとそのままボタンを押した。鳴り響くシャッター音。驚いた様に振り返った二人。

「…楽しそうな事してるね?」
「…涼汰、先輩…」

ちらり、と横目で呟いた赤也を見れば赤く腫れた頬が痛々しく見えた。恐らく拳で殴られたのだろう。でないとあんなに腫れるはずがない。

「三年生が実力の差を僻んで二年生レギュラーに暴行、ってタイトル、良くない?」

三年生に言葉を放てば顔色が青くなっていく。証拠は俺の携帯に保存された写メ。もしこの写メを学校中にばらまくとどうなるのか。答えは簡単だ。

「そんなのが噂になったら大変だよね」

だって赤也は立海テニス部の大事なエースなんだし、と付け足した。認めたくはないけど、只でさえテニス部は学校中のアイドル的存在である。となると、この男子は学校中から敵と認識されても可笑しくはないだろう。

「お、俺はただ上下関係を教えていて…」
「ふーん…ま、上下関係は大切だよね」

俺の言葉から認められて嬉しそうに顔を上げた三年生を俺はどん底に落とす。俺が怒っていないと思ったら大間違いだ。

「確かに"生活"には必要かもしれないけれど"スポーツ"には必要ない」

そんな、と言う三年生の呟きが聞こえた気がした。当たり前だろ?スポーツに上下関係なんて下らない物があったらせっかくの才能のある選手を潰しかねないのだから。

「もう赤也に近付かないって誓え」
「…もう、近付きません」
「ま、いいか。とっとと練習に戻れ」
「…はい」

おぼつかない足取りで去って行った三年生の背中を見ると視線を赤也に向けた。裏庭に残ったのは俺と頬が赤く腫れた赤也だけ。

「…涼汰先輩、すみ「ほら」

赤也の謝ろうとした声を遮ってタオルを渡す。ちなみに今日は真っ白の生地に青いラインの入った俺のお気に入りのスポーツタオルだったりする。

「顔洗おうと思って濡らしといた」

未使用だから、と受け取らなかった赤也の頭に半ば無理矢理タオルを被せた。赤也は座り込んだまま動こうとしない。

「冷やしとけ」

少々キツい言い方をすれば赤也はようやく頬にタオルを当てた。赤也の表情は俯いていて見えなかった。何にせよ、あんなに腫れていたのだから当分は腫れが引かないだろう。現在3時28分。俺が部活を抜けて21分。休憩が終わって19分。抜ける時に何も言ってなかったから真田は憤怒しているだろう。今から部活に参加しても許される事はないので潔く諦めた。立っていても仕方ないので赤也の隣に腰を下ろす。

「…涼汰先輩、さっきの事、誰にも「解ってる」

まぁ普通に考えて他言されたくないだろう。でもあの時、赤也なら赤目になって相手を殴り返す事だって出来たのに其れをしなかった理由はただ一つ。


暴力事件


そんな事が噂になったら立海大の名誉に関わる。ましてや立海テニス部は全国優勝校だ。大会出場停止の可能性も出て来るだろう。その可能性を危惧して赤也は手を出さなかったのだろう。

「…っとに単純でテニス馬鹿」

幸村にでも言えばこんな事にはならなかったのに。そうしなかったのは赤也のプライドがあったからかもしれない。ぐしゃぐしゃ、とタオルの上から赤也の頭を撫でた。

「っ!? な、何スか?」
「んー?何にもないけど」

手を地面から離すと背中を草の上に付けた。

「…涼汰先輩」
「んー…?」
「…部活、行かなくていいんスか?」
「ちょっとくらい、いいんだよ」

そう言えば赤也は何も言わなくなった。俺は寝転んで、赤也は座って、綺麗に晴れた空を眼帯の付いていない左目で眺めていた。風が俺達の頬を撫でて行けば、もう春なんだ、と実感した。




(柔らかい日差し)(平和的な穏やかさ)(ほら、春は直ぐそこに)(春風)



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