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青学との練習試合の日から三日目。俺がテニス部のみんなの前で発作を起こして倒れてから二日が経った。あれ以来俺はテニス部に行ってない。いや、今の俺には行く事が出来ない。行かないといけないのに部室に向かって足を進めようとすると心臓が急激にバクバクと音を立てて鳴り出す。それは発作と似ていても違う別の症状で。 「はぁ…」 今日もテニス部に顔を出す事なく、俺は一人でマンションへの帰路を進んでいる。普段なら今の時間帯はサーブの練習だろうな、と頭の片隅でテニス部の事を考えつつも俺は足を動かす。車通りの少ない裏道、人通りの多い賑やかな歩道、待ち時間の長い古い信号、緑色の新しい歩道橋。何処を歩いていても考えるのはテニス部の事ばかり。 結局俺は怖いんだと思う。発作があると知られた時点でテニス部から必要ないと言われるかもしれない事が。俺のような病人に頼る程、王者である立海付属は弱くない。それは紛れもない事実で。不意に鳴り響いた携帯の音楽が着信を俺に告げた。ディスプレイには見慣れた名前。躊躇った後に深呼吸を一つすると通話ボタンを押した。 「…もしもし」 《涼汰?》 俺の携帯から聞こえたのは仁王雅治の低いテノールの声色で。三日ぶりなのに雅治の声は懐かしく俺の耳に響いた。 「雅治…今って部活中じゃねぇの?」 《プリッ》 どうせ幸村や真田達から隠れて電話をしているのだろう、と簡単に予想がついた。小さく溜め息を吐くと再び言葉を紡ぐ。 「練習戻らねぇと後が怖いぞ」 《……体調、悪いんか?》 ぽつり、と小さく呟かれた雅治の声は携帯を通して俺の耳に届いた。その声を聞いた途端、心臓がきゅっと縮んで少しだけ呼吸が苦しくなる。やはりそれは発作とは違う症状で。 「…いや、…平気、だけど」 そう答えるので精一杯だった。もし俺がテニス部に顔を出して「必要ない」と告げられたら。それを考えると、とてつもなく怖い。テニス部に行く事が怖い。 《…隠し事、しとらん?》 雅治の言葉にドキンと心臓が一際大きく高鳴った。この高鳴りが図星のせいだとは思いたくない。俺の抱えている不安は隠し事になるのだろうか。そんな事を頭の片隅でぼんやりと考えた。 《まぁいいナリ》 俺がいつまでも言葉を発しないので雅治は諦めたのだろう。彼はその話題を切り上げた。俺の抱えている不安が雅治への隠し事に入るのか未だに考えても解らない。 《早く部活に来んしゃい。丸井達も待っとるぜよ》 雅治の何気なく放った言葉はどちらの意味を含んでいるんだろうか。本当に俺が部活に来る事を楽しみにしてくれているのだろうか。それとも――…。 《それじゃあ「ま、さ…俺…」 雅治の通話を終わろうとした声を遮って、気づけば俺は言葉を発していた。紡いだはずの俺の言葉は震えていて、視界が滲みそうになるのを必死に堪える。 「…ど、うしよ…っ…俺、俺…っ怖い」 どうしよう。立海テニス部から必要ないと言われてしまったら。そんな体でテニスなんて出来ないと言われてしまったら。それがとてつもなく怖い。周りの視線なんて気にならずに歩道の隅に座り込む。 《涼汰?…今、何処におる?》 「雅治っ…どうしよ、…俺はっ」 降り注ぐ太陽の光とは裏腹に俺の体は凍るように冷たい。歯がガチガチと鳴って耳障りなはずなのに俺の両耳は何の音も拾わない。怖い。必要とされなくなる事が怖い。 《涼汰?聞こえとるか?涼汰!?》 「…っ…怖、い」 (耳元で聞こえているはずの雅治の声も)(何処か遠くで聞こえているような気がした)(何も聞こえないし)(怖くて何も感じ取る事が出来ない) |
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