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ピンポーン、とインターホンの音が鳴り響く。瞼を開いて瞳だけを動かせばカーテンから覗く窓の外は明るくて。もう朝なんだと実感した。上体を起こせば、隣には裸の赤也が布団に包まれてすやすやと眠っていた。昨日の出来事を思い出して幸せな感覚に身を委ねていると再びインターホンの音。 「…ったく…誰だよ」 どうやら俺が出るまでインターホンが鳴らされ続けるだろう、と半ば仕方なく布団から抜け出たと同時に俺自身も裸だった事を思い出した。苦笑いを溢すと下着とスエットを履いて上半身裸で玄関に向かう。 「…はい」 「あら、涼汰君!何て格好してるの!」 俺の目の前で叔母さんである喜代子さんは俺の上半身裸の姿を見るなり声を上げた。あー、そんなに大きな声を出さないで下さい。頭に響いて痛いんです。なんて言えないけれど。 「あー…シャワー浴びようと」 「まぁ!そうなの!?ごめんなさいね」 人当たりのいい笑顔で喜代子さんが俺に謝る。謝るのは俺の方だ。シャワー浴びようとしてたんじゃなくて、恋人と一晩過ごした後なんです。嘘ついてすみません。 「あ、そうそう。昨日の残りで悪いんだけど、肉じゃが。涼汰君好きでしょ?」 「え、いいんすか?」 俺が言葉を返せば「残り物でよければ」と喜代子さんはまた人当たりのいい笑顔で俺に肉じゃがの入ったタッパを渡した。タッパには喜代子さん特製の肉じゃがが沢山入っている。 「いつもありがとうございます」 「そんなのいいのよ」 優しい笑顔で微笑むと喜代子さんはそれじゃあね、と言葉を紡いで踵を返す。そんな喜代子さんに頭を軽く下げつつ俺は玄関を閉めてタッパを台所に置いた。 「…誰か…来てたんスか?」 寝室に戻ると布団に入ったままの赤也が眠そうに呟いた。とろん、とした寝起き特有の瞳の赤也を可愛く思いながらも俺は赤也の問いかけに答える。 「叔母さんだよ。喜代子さんって言って、一階に住んでる父さんの妹さん」 答えながらも俺は再び布団に潜り込んで、裸の赤也の腰を引き寄せた。あー、温かい。赤也も寝惚けているのか俺の首に腕を回してくっつく。 「厳密に言えば俺は一人暮らしじゃねぇの。喜代子さんがずっと俺の面倒を見てくれてるから」 とは言っても最近は稀にご飯を作って持って来てくれるだけになったけれど、一人暮らしを始めた当初は沢山お世話になって来た。飯の作り方を教えてくれたのも喜代子さんだ。 「赤也、腹減ってねぇ?」 「ん…へーきっス…」 ウトウトと眠たそうに赤也は俺に言葉を紡ぐ。今日は部活が休みでよかった、と心の中で安堵の息を吐いた。今は立海テニス部のみんなと顔を会わせにくいから。幸村には我儘を言ってしまったし、真田には苛立って酷い事を言ってしまった。蓮二と雅治には発作を起こした時に迷惑かけてしまったし、ブン太には膝枕をしてもらった。優しいジャッカルには心配かけちまったし、赤也には沢山の心配と迷惑をかけた。 「…ごめん、な」 すやすやと俺の腕の中で寝息を立てる赤也に小さく謝ると、赤也の額にゆっくりとキスを落とす。そして俺も赤也の体温を感じながら瞼を閉じた。俺は赤也に過去を話したけれど何も解決出来ていない。彼女や父さん、秀一郎、直太との問題は何も解決していないんだ。何も。 (瞼を閉じれば一寸の光もない闇)(前までは怖かったけど)(今では赤也が隣にいてくれる)(それだけで十分だよ) |
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