青空から始まる恋 | ナノ


27




瞼を開くと視界は真っ暗だった。まだ夜が明けていないらしい。寝返りを打とうとしたけれど、どうやら頭に赤也の腕が回っているらしくそれは叶わなかった。少しだけ苦笑いを溢しても心の何処かでは嬉しいと思う俺がいる。

「……、」

赤也を起こさないように静かに腕と布団から抜け出る。どうやら俺は話の途中で意識を飛ばしてしまったようだ。赤也の瞼は赤く腫れていて、俺と共に泣いてくれたらしい。例えそれが同情でも今の俺には嬉しかった。




洗面所で顔を洗おうと鏡を見て再び苦笑いを溢した。赤也の瞼に負けていないくらい俺の瞼は真っ赤に腫れている。目は乾いて気持ち悪いし、喉も痛い。それなのに心が満たされているのは何故なんだろう。


「……涼汰、…先輩…?」
「あ、悪い、起こした?」

寝室に戻れば布団に入っていた赤也はベッドから上体を起こしていて。彼は俺の問いかけに首を左右に振った。良かったと内心で思いつつ、俺も布団に再び潜り込む。

「どうした赤也?随分と甘えただな」

俺が布団に入るなり、赤也は俺の首に腕を回して抱き着いて来た。まだ寝惚けているのだろうか。まぁ、可愛いから構わないんだけれど。

「…涼汰先輩、…ごめんな、さい…」
「…どうした?」

突然の謝罪に驚きつつも平然を装って赤也に尋ねれば、ぽつりぽつりと赤也は小さく言葉を紡ぎ出した。俺は静かにそれに耳を傾ける。部屋には赤也の声と秒針の進む音だけが響く。

「俺…何も知らないのに…頼ってくれ、とか…話してくれ、とか…」

俺の脳裏に浮かぶのは、悲痛な表情で俺に言葉を投げ掛ける以前の赤也の姿。それから、色を失ったガラスのような瞳で俺を見つめる赤也の姿。どちらの赤也の瞳にも俺が写っていた事はハッキリと覚えている。

「昨日…涼汰先輩が…っ発作出した時だって…俺、っ、何も、出来なかった…」

段々と赤也の言葉に嗚咽が混じっているのが解った。そんな赤也の背中に手を置いて優しく撫でながら彼の話を聞いてやる事しか今の俺には出来ない。

「っ…涼汰、先輩…ご、めん、っ、なさい…ごめ…んな、さ…っ」

本格的に泣き出してしまった赤也を俺の胸に強く抱き寄せれば、俺の背中にしがみつくように赤也は抱き着いてきた。俺の鼻先を赤也の首筋に埋めて、赤也に回している腕に力を込める。やっぱり俺より一回り小さい赤也の体はすっぽりと俺の腕の中に収まる。堪らなく、愛しい。赤也の嗚咽混じりの泣き声は痛々しくて聞いていられない程だった。俺がどれだけ赤也に助けられているのか知らないくせに謝るなよ。

「…赤也が、」

突然俺が紡いだ言葉に赤也が耳を傾けたのが解る。あー、畜生。俺まで泣きそうじゃねぇか。内心ではそう悪態を吐きつつも俺は言葉を発する。

「赤也がいたから…俺は、ここまで逃げ出さずに来れたんだ。秀一郎からも、テニスからも、…だからっ、謝んなよ…」

俺の伝えたかった言葉は涙で滲んだ声となって口から出たけど、赤也に届いただろうか。俺と一緒に涙を流してくれた赤也が、俺の過去に泣いてくれた赤也が、とてつもなく愛しい。本当だったら俺は青学との練習試合から、秀一郎から逃げようとしてたんだ。だけど赤也が俺の手を握ってくれたから、赤也が側にいてくれたから、俺は逃げ出さずに頑張れた。赤也は何も出来なかったんじゃない。だから謝るなよ。




赤也が愛しくて堪らない。理性なんて、まともな思考なんて、何処かに行ってしまった。ただ気持ちと感情のままに赤也を求めたし、赤也も俺を求めてくれた。

「っは…赤、也…愛して、る…」

「んぁ…涼汰、せんぱ、ぁっ…俺、も…」

直太がこの世からいなくなってから、一番幸せな夜だった。熱くて溶けそうだったけれど、幸せに満ち溢れた一晩だった気がする。今なら誰かに切り刻まれてもいいと思えた程幸せだった。冗談なんかじゃなく、本気で。



(俺が逃げ出さなかったのは)(赤也のお陰なんだよ)(いつか、秀一郎とも笑って話せたらいいな)(そう言ったら君は優しく微笑んでくれた)



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