青空から始まる恋 | ナノ


26




俺と直太が石切場から落下して俺が意識を失った後、作業員の人達が俺と直太を見つけて病院に通報してくれたらしい。そしてその後、直太は奇跡的に一度だけ意識を取り戻した。

僕の右目を涼汰にあげてほしい。

その場にいた母さんと父さんに何かを話すわけでもなく、直太はこの言葉だけを残して再び瞼を閉じたらしい。つまりは遺言で。母さんは反対したけど父さんは賛成して俺に直太の右目を移植した。その事実を父さんは泣きながら俺に話してくれた。正直俺は右目なんかよりも直太に帰って来てほしかったのに。直太は馬鹿だ。本当に、馬鹿だよ。




翌日、直太の葬式は真っ青な空の下で行われた。雲一つない快晴な空の下で。直太がこの世からいなくなっても空は少しも悲しくないらしい。部屋には黒い服を着た沢山の人々とお寺の住職さん。沢山の色とりどりの花の匂いと線香の匂い。直太を包む棺に被せられた真っ白い布、辺りからは沢山の涙ぐむ声。

「直太君、可哀想にね」
「あんなにいい子だったのに」
「お兄さんを…庇ったらしいわよ…」

陰からコソコソと聞こえて来るのは俺を責め立てる声。その声を聞きたくなくて気づかれないように耳を塞いだ。それでも俺を咎めるような視線は止まる事を知らないように続く。

「…涼汰、こっちにおいで」

俺の手を優しく引いて助けてくれたのは父さんだった。だけど俺だって解ってる、父さんも俺が悪いと思っているんだと。

「…いいよ…俺、こっちにいるから」

父さんの側を離れると直太の棺の傍に戻った。たった少しでも直太の傍にいたかったんだ。俺を責める視線は余計に強くなったけど。

「…涼汰…、…」

名前を呼ばれて振り返れば泣いて瞼を真っ赤に腫らした喪服姿の秀一郎が立っていた。あぁ、直太の為に泣いてくれたんだな。何故か嬉しかった。

「しゅ、…いち…ろ」
「何で…涼汰…直太は…どうして」

秀一郎の瞳でさえも他の人達と同じだった。少しだけ違うのは困惑の色が混ざっている事くらい。本当に少しだけだったけど、俺を地の底に落とすには十分だった。

「……っ」

怖い。苦しい。寂しい。俺を見る人々の瞳が怖い。俺を責め立てる言葉が苦しい。誰も俺を心配してくれる人がいなくて寂しい。直太はもういない。




直太が煙となって空に昇った時、どうしようもなく右半身が痛かった。大切な双子を失ってしまった。右半身の痛みでようやく実感した。

「直太…直太、直太」

いくら呼んでも答えてくれない。いくら捜してもこの世界にはいない。声が聞きたくても聞く事は出来ない。いくら泣いても意味なんてない、のに。

「なお、た…うゎああぁああぁぁ!!」

それでも泣かずにはいられなかった。




直太が空に昇って彼女は豹変した。常に俺を見る瞳は憎悪が込もっていて、常に何かに恐れた目。あんなに彼女が優しく笑っていた日々が嘘のようだった。

「あなたが…いなかったらよかったのに」

そう言って彼女は俺を忌み嫌った。いつも俺を見ては怯え、俺を責めた。だけど父さんだけは俺を彼女から庇ってくれた。俺がこの家にいる事が彼女を辛くさせるのなら出て行こうと決めた。だって俺にはそれだけしか出来ないから。直太のように彼女を笑わせる事は出来なかったから。

相変わらず右半身の痛みは酷くて、耐えられなかったから、体の右側を直太にあげる事にした。右側だけあの頃の直太のように髪を短くした。左側は俺の好きなようにさせてもらっているけど。そして、右側には直太がくれた目があるからテニスをする時は右側の視界を全て捧げようとも決めた。直太はテニスがしたかった。そうすれば目を通して空の上から見えるだろう?そうして俺が中学校に上がる直前に東京から神奈川に引っ越す事にした。手続き等は父さんが協力してくれた。相変わらず彼女は俺を責め立てて何も変わらなかったけど。




(俺の昔話はこれで終わり)(俺にとっては昔話なんて響きのいい物じゃない)(俺と直太は二人で一つなんだ)(右目も右手も右足も右側にあるものは何もかも直太に)



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